「同じ籠に卵を盛るな」の意味と統計の誤用

2015年10月13日 11:30

昔からある分散投資の喩えに、「同じ籠に卵を盛るな」というのがある。たくさんの卵を同じ籠に入れておいて、その籠を落としてしまうと、みんな一緒に割れる。そうすると、価値が全部なくなるので、籠を分けて卵をいれておこう、そういう意味の格言である。



さて、籠を分けようが一緒に盛ろうが、卵の価格についていえば、同じ方向へ動くことは避けようがない。つまり、この場合、籠を分けることで、即ち分散することで、リスク、即ち、本質的な価値の毀損の可能性は小さくできても、単なる価格変動としてのボラティリティの削減は期待できない。ただし、本質的な意味でのリスク分散ができていている限り、ボラティリティは無視できるので、これで、投資の目的は実現できるわけである。

問題は、ボラティリティを無視できない場合だ。籠の喩えでいけば、もしも、一定数の卵と同じ価値をもつように、多種類の食材を組み合わせて、一つの籠に盛るとしたらどうか。異なる食材なので、値動きのパタンも異なり、結果として、一つの籠に盛られた食材の合計価格が安定する、そのような工夫が分散によるボラティリティ削減の試みである。

本質的なリスク分散、即ち、インカム源泉としての資産の価値の毀損の可能性の分散は、「多数の籠」に分散して資産を盛ることで実現する。他方、ボラティリティ、即ち、各資産の短期的な価格変動については、「一つの籠」に多数の資産を相盛りすることで、その籠全体の価格変動の削減を実現する。

本質的なリスク分散については、資産の本源的価値の分析、インカム継続性・安定性・成長性などの質の徹底的な分析が必要である。これは、資産選択、あるいは資産厳選の問題である。統計的な問題ではない。

他方で、短期的で表面的な価格変動の削減効果を狙う分散は、まさに、ランダムなボラティリティのことなのだから、これは、統計的な問題としての、端的な分散になるのだろうと思われる。

ランダムな価格変動としてのボラティリティのように、統計的に処理できることと、本質的な価値とリスクにかかわる判断のように、統計的に処理してはならないことは、明確に区別すべきなのである。

私は、現在の資産運用の、あるいはもっと広く金融の、大きな問題点は、統計の濫用あるいは誤用にあるのだと考えている。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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