閣僚の連帯責任と閣内不一致

2015年10月11日 15:52

原発反対の河野太郎氏が入閣したことで、閣内不統一を心配する人がいるが現行憲法下でそんな心配は無用に願いたい。以下小生の「日本国憲法論」から一部を転載する。

現憲法は、行政権は合議体としての内閣に属するとしている(第六十五条)。さらに国会に対する連帯責任を定める。

一方では、内閣総理大臣は他の国務大臣を任意に任免できるとする(第六十八条)。首相と他の国務大臣は旧憲法と違って対等ではない。任命権者と被任命者が連帯責任を負うとはいかなる論理によるのか理解に苦しむ。任命権者の単独責任とすべきだろう。

旧憲法下では、首相を含む各国務大臣は形の上では等しく天皇によって任命され、首相は同輩中の首席でしかなかったので(憲法及び内閣官制によって)、天皇に対し他の閣僚と連帯責任を負うのが理の当然であった。(明治18年、旧内閣官制第二条「各大臣の首班として、機務を奏宣し旨を承けて行政各部の統一を保持す」に由来する「首班」の意味するところは、同輩中の首席に過ぎず、現行憲法の首相の地位を表すのに適当ではない(例、首班指名など)。そのため戦前首相の指導力は弱く、統帥権の独立、軍部大臣現役武官制等とあいまって軍部の横暴を許すことになる。

東條は大東亜戦争の一時期、首相、陸相、参謀総長を兼ね、東條独裁とか東條幕府と非難されたが、このことはむしろ戦前の首相の地位の弱さを表す例としてみた方がよさそうである。つまり首相、陸相といえども、作戦には容喙できなかったので、そのためには参謀総長を兼ねる必要があったのである(ただし陸軍のみ、海軍は軍令部総長)。終始軍の全権を掌握していた総統ヒットラーと東條ではその立場は全く違っていたのである。現にヒットラーはその死まで権力を手放すことはなかったが、東條はサイパン島陥落を契機として重臣の策謀によって、もろくもその地位をおわれた。

奇妙なことに、明治憲法制定に先立って存在していた内閣及び内閣総理大臣が憲法上の機関としては盛り込まれなかったことも、首相の立場をあいまいなものにとどめた。明治憲法起草者の伊藤に、内閣制度と憲法との整合性をどう考えていたのか尋ねてみたくなる。

そうした戦前の歴史に鑑み、現憲法は首相の地位、権限を強化しようとしたが、憲法自体及び関連の法律で中途半端になってしまった。たとえば内閣法第六条「内閣総理大臣は、閣議にかけて決定した方針に基づいて、行政各部を指揮監督する」。これは首相といえども、行政各部を直接指揮監督することはできないことを意味する。これは、憲法の定める内閣の「連帯責任」とも関連する。

首相に各閣僚の任免権がある以上、直接、各省の指揮監督権を認めることになんの差し障りがあろうか。閣議をひらく猶予もない、緊急非常の事態にどう対応するつもりか。従って閣議の全会一致主義の慣行など論外であり、多数決主義すら無用であろう。

閣僚間で意見が分かれたら首相が裁決し、首相一人が責任を取ればすむこと。それに従わない閣僚がいれば、罷免すればよい。この意味で、閣僚間の意見の相違をとらえて、閣内不統一などと大騒ぎする野党やマスコミは旧憲法との相違がわかっていないのではないか。

立法論としては、首相に他の閣僚の任免権を与えたからには、行政権は合議体としての内閣ではなく、独任制の内閣総理大臣に属するとすべきだろう。その上で、国民の直接投票で選ぶことにすれば大統領制に限りなく近づく。

青木亮

英語中国語翻訳者

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