柳川範之氏が提唱する働き方改革のカギとは? --- G1オピニオン

(アゴラ編集部より)この記事はGLOBIS知見録「G1政策研究所」のアドバイザリーボード・メンバー5名によるリレー連載「G1オピニオン」からの転載です。今回の執筆者は、柳川範之・東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授です。
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もっと兼業や副業を促進させ、ほとんどの人が複数の会社で働けるようにすること。これこそがより良い働き方ができる社会をつくるために有効な手段だ。もはや、1つの会社だけでずっと働き続けられる時代は終わった。これからは、働くカタチを抜本的に考え直す必要がある。

高度成長期のように、右肩上がりで経済が成長し、お手本となる技術や会社が欧米諸国にあった時代には、1つの会社でずっと働き、その会社向けの能力を追求していくことに合理的な面があったかもしれない。しかし、今や状況は一変した。経済はグローバル化し、IT(情報技術)やAI(人工知能)の進展によって経済環境は急速に変化している。

※多様な働き方を制度的にも認めるかどうか、日本社会が問われている(アゴラ編集部)
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もはや、働いている会社にすべてを任せておけば安心と将来が得られるような時代ではない。そもそも、そのような働き方が可能だった人は、実は一握りだ。これから必要なことは、1つの会社に頼りきらないこと、そして、絶えず変化に対応して、必要な能力を身につけていくことだ。しかし、これが現状では、なかなか難しい。

その現状を打破するためには、もっと兼業や副業を認めて、多くの人が複数の働き方ができるようにすることだ。ここでいう兼業には、他の会社で働くことだけでなく、起業をすることや農業や漁業等に従事することも含む。そのメリットは、少なくとも3つある。

(1)1つの会社から生じるリスクを大幅に減らせる
1つの会社からリストラされても、別の仕事があればそれである程度の収入を得ることが可能だ。それが副業程度の場合、本業の給与の代わりにはならないだろうが、ないよりはずっとましだ。

(2)新しい仕事を身につけるのに役立つ
例えば、別の仕事への転職あるいは起業を考えたとしても、それをいきなりするにはリスクが高い。必要な知識や能力が良くわからないケースも少なくない。しかし、それを副業としてスタートさせていれば、自分の適性や必要な能力の把握は容易だ。ある程度うまくいったらそちらを本業にする、あるいは逆にうまくいかなかったら撤退することも容易にできる。

(3)所得の確保がしやすい
本業で十分な仕事が得られない場合でも、複数の仕事をこなすことでトータルでは十分な所得が得られるケースも多い。

現状、実は兼業に対する法的な規制はほとんど存在しない。しかし、現実にはかなりの会社で、兼業や副業が禁止されている。つまり皆の意識を変えることで可能になる貴重な経済政策なのだ。

もちろん、本業の営業秘密を勝手に流用したり、利益相反を生じさせたりするような兼業や副業は当然、禁止するべきだろう。しかしほとんどの会社で禁止されているのは、わき目もふらず本業に専念してほしいという意図からだ。

けれども副業を禁止しても、本業に集中するとは限らない。ボランティア活動であれば禁止できないし、趣味や娯楽に没頭して本業をおろそかにしてしまう可能性はいくらでもある。本業に専念すべき時間や期間を明確にして、あとは兼業でも副業でも自由にしても良いとするほうが、はるかに合理的だ。

空いた時間に副業ができたほうが、個々人の生活はより安定するし、活動の幅も広がり充実感も得られる。その充実感は本業の活動にもプラスに働くはずだし、違う活動から本業にプラスになるアイデアが得られる可能性もある。万一本業がおろそかになり業績が下がるようなら、給料を下げる等の対応をすれば良いのだ。

さらに言えば、かつては終身雇用で生涯の安心を与えることが、本業専念の見返りだった。だが、今やそんな安心を与えられる企業はどこにも存在しない。そうであれば、副業を認めて安心を確保させるほうが、必要なことではないだろうか。

兼業や副業が可能になれば、何もせず過ごしている時間を有意義な仕事にあてることが可能になる。そこから、思いがけないイノベーションや、働く楽しさの再発見があるかもしれない。思い描いてほしい。そんな風に人々がより生き生きと働ける社会を。兼業、副業をもっと促進させ、社会をより生き生きとさせること。これこそが、これからの日本の成長戦略だ。

【今回のまとめ】
◆兼業や副業を促進させることが、より良い働き方のために有効である
◆多くの会社で兼業・副業を禁止するのは、本業に専念せよという意図からだ
◆兼業・副業を認めれば、リスク低減、スキルアップ、所得確保に有利

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柳川 範之
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授



「100の行動」「G1政策研究所」とは?
「100の行動」とは、日本のビジョンを「100の行動計画」というカタチで、国民的政策論議を喚起しながら描くプロジェクト。一般社団法人G1サミット 代表理事、グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナーである堀義人が、2011年7月に開始した。どんな会社でもやるべきことを10やれば再生できる、閉塞感あるこの国も100ぐらいやれば明るい未来が開けるという信念に基づく「静かな革命」である。堀義人による4年をかけた執筆は2015年7月に完了した。

「G1政策研究所」は2014年8月に一般社団法人G1サミットによって創設されたシンクタンク機能。日本を良くするための具体的なビジョンと方法論を「100の行動」として提示し、行動していくことを目的としている。アドバイザリーボードの構成は以下の通り。

【顧問】
竹中 平蔵 慶應義塾大学教授、グローバルセキュリティ研究所 所長

【アドバイザリーボード】
秋山 咲恵 株式会社サキコーポレーション 代表取締役社長
翁 百合 株式会社日本総合研究所 副理事長
神保 謙 慶應義塾大学 総合政策学部准教授
御立 尚資 ボストン コンサルティング グループ 日本代表
柳川 範之 東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
堀 義人 グロービス経営大学院 学長、グロービス・キャピタル・パートナーズ 代表パートナー


編集部より:この記事は、GLOBIS知見録「G1オピニオン」2015年11月6日の記事「兼業・副業の促進こそが働き方改革のカギ」を転載させてもらいました(アゴラ編集部でタイトルを改稿、画像も編集しました)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はG1オピニオンをご覧ください。