未来のイノベーターはどう育つのか --- 中村伊知哉

2015年11月10日 01:08

■未来のイノベーターはどう育つのか

トニー・ワグナー著「未来のイノベーターはどう育つのか」。
ハーバード大学テクノロジー起業センター初代フェローがイノベーターと目される人と大学等150人にインタビューし、親の教育方針と大学の果たす役割を説く。思いがけぬ好著です。

本書はSTEM(科学、技術、工学、数学)系教育の重要性を説きます。批判的な思考力、クリエイティビティ、コミュニケーション、コラボレーションの力を育む方策を提示します。
コアは「イノベーターは育てられる」とする点。好奇心、コラボレーション、行動志向がイノベーターの資質であり、DNAではなく教育によって高められることを指摘しています。

リーマンショック後の米経済を支えるのはイノベーションであり、アメリカはイノベーターを渇望している、イノベーターは偶然の誕生を待つのではなく、生むものだ、という見地が背景にあります。その激しい政策マインドに、揺さぶられます。

これに対し、本書はこうしたイノベーター教育に関してアメリカの大学の質が低いことを痛烈に批判しています。
→日本の大学人として、コメントがはばかられるほど、考えこみます。

こうした授業は、19世紀末ハーバード発のカリキュラム単位システムに基づく点数型・知識型の授業とは対立して、創造・機会を重視するスタイルを教員が孤立して独創するしかない、としています。
→ハーバードのひとが語るから説得力があるんでしょうね。

筆者は、大学改革が必須、MOOCが衝撃を与えたとおり、知識・情報の価値がゼロに近づいている、といいます。
→ぼくもMOOCに出講して思うに、従来型の授業はもう大学の価値ではない。創造・機会の場としてのモデルを作ることを早めるのか、従来モデルを守ろうとするのか、それが問われています。

さて、シエラレオネからハーバードに来た学生のメンターに、MITネグロポンテ師匠がついて(スゴい)、$100PCをくれた話が登場します。結局その学生は社会活動にのめり込み、ハーバードの成績が下がり、大学院はMITメディアラボに入ったという話。
→グッときます。

MITメディアラボは成績がつかず、授業の取り方も自由、必修もなく、ただ創造すればよい。授業は今日性と実用性に富み、ビジネスや社会的行動に直結する、としています。
→ぼくもそのビジョンがスキで、メディアラボに身を置いていました。日本でも、そういう環境を作りたい。

MITメディアラボは、授業料免除で、さらに給料がもらえ、必修も成績表もない。という指摘。
→だから世界から人材が集まる。そのモデルを日本の大学院でも作りたい。アメリカの大学との競争なんて、それからの話だと思います。

MITレズニック教授「大事なのは知識ではなく、クリエイティブに考え行動する力」。
→彼のScratchを用いてぼくらもプログラミングのワークショップを開いています。一貫して、想像することと、創造することが重視されています。でも本書を読むと、それはアメリカでもまだ異端ということがわかります。

メディアラボの学生が工具製作、プロトタイピング、アフリカでのベンチャー立ち上げを同時に手がけている話。
→そう。ハード作り、ソフト作り、そしてフィールドでのマネジメントとポリシー、これを全部手がけることができる。くやしいけど、この環境、ステキです。

さて、Dケリーさんがスタンフォード大のdスクールを作った時、ビジネス経験のある教員がアカデミズム教員より地位が低いことから苦労したが、SAPのプラットナーさんの寄付で実現したという話。
→大きなカベを動かすには、得意技(ここでは資金集め)で勝負すべきは、どこも同じですね。

ハーバードとスタンフォードのビジネススクール教授、イェールのビジネススクール学長を経てアップル入りしたポドルニー博士。入学するには大手銀など独創性のないキャリアを積む必要があり、「ビジネススクールは創造性やイノベーションを潰す」と説きます。
ポドルニー博士「ビジネススクールでは、オレンジを絞る方法を教えるのであって、新しい、よりよいオレンジを育てる方法は教えない」
→うむっ、いろんな顔が思い浮かびすぎて、コメントできません!

クリエイター教育には、型破りなメンターの存在が大きい。教えるより、機会を与えて、やらせて、あとおしすべし、としています。
→はい。ぼくは教育者ではなく実践屋なので、教えることはできず、機会を与えて、やらせて、あとおしするしかありません。励みにします。

ぼくはMITでも、スタンフォードでも、教育ではなく研究(というかプロジェクト作り)一本で過ごし、今ようやく教育にも携わっているのですが、産学プロジェクトという機会を与えて、実践の中で学ぶスタイルです。
本書とは考えが一致するものの、実行できてはいません。「イノベーターを生む」という政策マインドが不足しているからだと思います。育てるより、育つように整える。では足りない何か。でもそれはぼくの場合、プロジェクトを通じてひねり出すしかない、と感じています。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2015年11月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。


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