どうする高木復興大臣

2015年12月09日 10:36

今年、箱根駅伝を制した青山学院の原監督は優秀な選手が多く、駅伝チームが二つできる、と豪語しました。選手層に厚みがあることを言いたかったのだろうと思いますが、実戦では持てる体力のみならず微妙な能力の差、その時々の体調、精神力、気象条件などを考慮し、出場選手と控え組の差は当然生まれるものです。実際、青山学院は先日の伊勢の駅伝では2位と「敗北」していますが、2チーム出来るほどなら理論的には敗北するはずはなかったのです。

同じことは自民党にも言えます。民主党と自民党は何が違うかといえばその議員層の厚さであります。首相経験者、大臣経験者がごろごろおり、各方面に精通した次期「幹部候補」も多く、安倍首相はなるべく多くの幹部候補に大臣を経験させたあげたいという親心を持ち続けてきました。正に閣僚が2チームできる体制を作り、人材の育成に努めるということでしょう。

安倍首相が12年12月に就任した際、何が強かったかといえば閣僚の質と輪だったはずです。それまで民主党を含め、不祥事や短期間での大臣辞任は続出だったのにその時を境に急に大臣辞任者が出なくなったのです。例えば農林水産大臣はそれまで年に1-2回交代する短命の代名詞的なポジションでありましたが林芳正氏が12年12月に大臣になってから14年9月までの「長きに渡り」務めています。

ところが、第三次安倍政権(14年12月から15年10月)前後から雲行きが怪しくなります。その中でも印象的なのが2人の女性閣僚の同時辞任があります。14年10月に小渕優子経済産業大臣、松島みどり法務大臣が観劇とうちわをきっかけに辞任に追い込まれました。

その後、下村博文文部科学大臣の新国立問題はご承知の通りで、農水大臣だった西川公也氏も15年2月に辞任し、もともとの林芳正氏に戻っています。

その中で第三次安倍改造内閣で復興大臣に指名されたのが高木毅氏であります。当選6回で第二次安倍内閣で国交省の副大臣を経験し、正に「幹部候補」そのものであったのだろうと思います。

野党やマスコミは新任大臣のあら探しはほぼ任務のようなもので徹底的に過去をほじくり返し、宝物を見つけては辞任を迫るというパタンが過去、延々と繰り広げられております。氏の場合も同様に下着泥棒疑惑で嫌なイメージの下地を作ったうえで香典問題が生じたわけです。香典は本人が行けばOKですが、代理人の場合は公職選挙法に引っかかります。その香典疑惑で「本人からは頂いていない」という証言が出てしまい、説明があいまいになっているのが現状であります。

想像ですが、議員は忙しい一方、冠婚葬祭は欠かせません。お祝いの席ならばあらかじめわかっていますから電報やメッセージで済ませることも可能ですが、葬儀は急ですし、なかなか手ぶらで行けないものです。ましてや代理人が参列となれば線香代を置くのはやむを得ないでしょう。ウィキによると香典の本来の意味は故人に対する供物、不意の事態に遭遇した故人の家族への支援、及び故人をしのんで食事をする代わりになるものであり、武士階級では室町時代から続く日本の伝統であります。

北米では葬儀はメッセージだけでもよいし、葬儀の参列にも香典は原則いりません。仏教の葬儀でも原則手ぶらです。ただ、日本の伝統はそんな割り切れるものではありません。そんな意味からすると’高木大臣の言い訳はかなり苦しいように聞こえます。ましてや過去の下着泥棒疑惑付となれば大臣本人と氏を取り囲むブレーンたちはやりにくいでしょう。正直、格好悪いです。ましてや復興相となれば人間性が最も重視されるポジションです。マラソンで言えば山登りのコースに短距離ランナーをあてがうようなものかもしれません。ミスキャストということでしょうか?

安倍政権は閣僚チームをたくさん作ることよりもベストの閣僚チームで今の日本を引っ張って頂いた方がよいと思います。幹部候補者が多いのは分かっていますが、大臣経験させればよいのかという疑問はあります。さしずめ、一般企業で言えば取締役です。役員にならずして定年する人はいくらでもいます。むしろ、温情人事が原因で会社の業績が狂ったところはいくらでもあります。

このあたりは安倍首相の身内への優しさのような気がいたします。

では今日はこのあたりで。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 12月9日付より

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