マスコミの情報汚染で「慰安婦問題化」する原発・下

池田信夫
アゴラ研究所所長

より続く

原発は「第二の慰安婦問題」になりかねない

大手メディアの中でも、いまだにしつこく反原発キャンペーンを続けている点で目立つのが、朝日新聞だ。その原因は、社論として「原発ゼロ」を掲げたことだろう。朝日の記者によると、「何を書くかは基本的に自由だが、原発と慰安婦だけは社の方針と違うことは書けない」という。原発は朝日にとって「第二の慰安婦問題」なのだ。

この原因は、3・11の後に朝日が社論として「原発ゼロ」を掲げたからだ。2011年8月7日のコラムで、オピニオン編集長(現・論説主幹)の大野博人氏は「できるかどうか検討しないで、まず原発ゼロにする覚悟を決め、それが突きつける課題に挑むべきだ」と主張した。

これは勝てるかどうかわからないで日米戦争に突っ込んだ東條英機と同じだ。朝日も最初本気で勝つと思っていたかもしれないが、彼らの騒いだ放射線障害は出ず、原発の再稼動が始まり、政府は「2030年に原子力の比率が20~22%」というエネルギーミックス(長期エネルギー需給見通し)を決定した。

原発をゼロにしたら「2030年までに温室効果ガスを26%減らす」という目標は達成できない。朝日新聞と違って、政府は目標を立てて実現できなかったら責任を問われるので、「できるかできないか考えないで」政策を立てるわけには行かないのだ。

このように事実かどうか考えないで社論を決め、それにそった記事を書くのが、戦時中から続く朝日新聞の伝統である。彼らの出発点は事実ではなく「べき論」なので、事実がそれに合わない場合は無視し、社論に合う話だけを報道する。それが吉田清治の「済州島から慰安婦を強制連行した」という話だった。

それが嘘であることは1992年にはわかったので、そのとき訂正するか、せめて慰安婦についての記事を書くのをやめればよかった。他の社も、当初は吉田の話にだまされて慰安婦の話を書いたが、それが嘘とわかってからは書くのをやめた。ところが朝日だけは「強制連行はなかったとしても広義の強制はあった」と主張し続けたのだ。

これについて朝日新聞の慰安婦報道について検証する第三者委員会は「みずから『狭義の強制性』を大々的に報じてきたことについて認めることなく、『強制性』について『狭義の強制性』に限定する考え方を他人事のように批判し、河野談話に依拠して『広義の強制性』の存在を強調する論調は、議論のすりかえである」と指摘している(強調は引用者)。

原発報道についても、こうした朝日の方針は一貫している。最初は「原発事故は大惨事だ」という報道をしたが、具体的な被害が出ないと「プロメテウスの罠」で「町田市で鼻血が出たのは原発事故が原因だ」という話を紹介し、『美味しんぼ』で鼻血の原因が原発事故だというデマが出てくると、「表現の自由」に問題をすりかえた。

さすがに鼻血と原発事故を結びつけるのは医学的に無理だとわかると、今度は甲状腺ガンと白血病だ。これは医学的にはありうるが、どちらも専門家に否定された話だから、「原発事故が原因だ」と断定すると、慰安婦問題のように問題になるので、他人の話として紹介する印象操作をする。

出世のための「暗黙の検閲」が情報汚染を広げる

新聞が誤報を出すことはよくあるが、普通はすぐ訂正する。ところが社をあげてやったキャンペーンが根本的に間違っていた場合、それを訂正すると経営責任になり、慰安婦問題のように社長が辞任するはめになる。そこで「本質的な問題は強制連行ではない」とか「放射線のリスクはゼロとは断定できない」というように問題をすりかえるのだ。

よく「安倍政権の言論介入」が問題になるが、官房長官がテレビ局に電話するなどという露骨な形で政府が介入することはない。慰安婦報道や原発報道のようなバイアスをもたらす最大の原因は、出世競争である。もちろんこれはどこの会社にもあるが、朝日の人事は硬直的で、いったん本流をはずれると地方支局を転々として戻れない。

しかも出世が記事の内容に連動している点が特徴的だ。永栄潔『ブンヤ暮らし三十六年』は、そういうエピソードをいろいろ挙げている。たとえば彼が『大学ランキング』の編集長だったとき、教員の業績から『諸君!』や『正論』が除外されていたので、こういう雑誌の論文をカウントすると順位が大きく変わり、上司が激怒して著者を別の編集部に異動した。

元朝日の辰濃哲郎氏も『朝日新聞 日本型組織の崩壊』で書いているが、朝日は人間関係が記事の内容まで決めるきわめて日本的な組織なので、間違いとわかっても容易に訂正できない。それは自分だけではなく、多くの関係者の出世に影響するからだ。1992年1月に彼の書いた誤報も、今年まで訂正できなかった。

朝日の場合には1950年代に決めた一国平和主義が、その後もずっと継承された。戦前は大政翼賛会のイデオローグだった笠信太郎が、1948年から14年間も論説主幹を続け、経営も支配したため、彼の「全面講和・安保反対」という方針がその後も朝日の社論となったのだ。

治安維持法のようなわかりやすい形で行なわれる検閲より、このように社内で行なわれる「暗黙の検閲」のほうが厄介だ。それは検閲している側にそういう意識がなく、されているほうもそれに迎合する習慣がつき、後輩にそれを伝授するからだ。そういう「空気」になじめない永栄氏のような記者は出世できない。

逆にいうと、記者は自分の出世のためには社論に迎合して「角度をつける」必要がある。それによって日韓関係が混乱しようが被災者が迷惑しようが、無署名記事なら責任の所在はわからない。慰安婦問題の場合は、たまたま署名記事を書いた植村隆記者が槍玉に上げられたが、あのキャンペーンの責任は当時の大阪社会部にある。

原子力報道については、問題は今も進行中だ。特にマスコミがガンや白血病などで脅すと、被災者の帰宅は遅れ、復興はますます遅れるが、ジャーナリストにとっては被災者が不幸でないとネタにならない。そのすきまをねらって朝日新聞は、吉野記者や大岩記者のように巧妙な印象操作を行なうようになってきた。これが慰安婦問題で朝日の学んだ唯一の教訓なのだろうか。