私の故郷である大津市の市長選挙が本日告示されました。大津市の市長といえば、全国最年少の女性市長として話題になり、「いじめ問題」で全国的にも話題になった弁護士出身の越直美さんです。北海道大学出身で、安倍首相を汚い言葉でののしった山口二郎さんの弟子でもあります。4年前の大津市長選挙ではこの恩師も街頭でマイクを握り、応援演説をしていました。
越市長は前回、民主党・社民党・連合滋賀など非自民系の支援を得て、保守系で自公推薦を受けた現職の目片市長を破り初当選し、停滞した古い町に新風を吹き込むことを期待されました。しかし、中学生のいじめ自殺事件での派手な対応で全国の注目を集めたものの、まちづくり全般については期待に十分応えられたというのにはほど遠く、再選に暗雲が立ちこめています。
経済人や各界の市民からなる「オール大津(政治団体)」が擁立し、実質的に自民党・公明党が支援する蔦田恵子(つただけいこ)前県議(地元局アナウンサー出身)、市民派を自認し社民党や労組の有志が支援する川本勇さん(メディアプロデューサー)、それに共産党の川内卓さんの三人の新人が立候補し、越市政への批判を強めています。
地方の首長選挙では2選目の現職は圧倒的に有利なのが通例で、民主系の現職の場合も、保守系が候補を出さない無風選挙が普通です。民主党や連合滋賀は引き続き越市長を応援しているものの、社民党が川本さんを推し、共産党も独自候補を立てているわけで、夏の参院選を前に市民連合といった枠組みで野党結集が叫ばれるなかでも異例の展開になっています。
実質的には越VS蔦田の一騎打ちか
選挙情勢は、知名度で勝る越市長が先行していたのを、蔦田さんが追い上げ肩を並べつつあるとマスコミはとらえているようで、告示前にはテレビ局もこの2候補を中心に動向を伝えていました。現在の地方自治制度では、首長は再選が当たり前です。なにしろ、首長の権限は現代の封建領主といわれるほど強いのです。しかも、首長は直接投票ですから次点候補が議会に議席を持たないので、野党党首不在のようになりますから、地方自治の機能不全とも言えます。
現職は圧倒的に有利で、知事では現職の勝率は9割を超し、市長でも8割くらいですから、2期目にこれだけ新人が立候補し苦戦するという状況は、越市長への評価の低さを物語っています。
いじめ事件に対する大津市長の対応への疑問
全国の人々からすれば、全国最年少女性市長として話題になり、いじめ事件で活躍した越市長が苦戦しているというのは不思議に感じられるのでないかと思います。しかし、この問題における越市長の対応は、いじめ問題への全国的な関心を高めた功績はありますが、目配りが不十分だったと思います。
あの事件のころ、「大津というのはいじめ体質の酷い町だ」というイメージがさんざん流布されました。悪者探しが報道とネット情報が交錯しながら行われ、まったく無関係な人も含めて多くの関係者や市民が嵐のような脅迫にあい、自殺者が出ないかと心配でした。子供たちも取材陣から強引な取材を受けて気の毒でした。
そうしたなかで、越市長はあたかも悪の巣窟のなかに乗り込んだ正義の味方のように振る舞い、部下や公立学校の先生への批判を続けましたし、一般市民の風評被害への対応は不十分だったと思います。その結果起きたのが、教育長が重傷を負ったテロ事件でした。
いじめ対策は、それを見逃したと糾弾されないように、ささいな行為でもいじめっ子を処断すれば十分なのではありません。それは弁護士的な対応です。もっとも大事なのは、暖かい人間関係ではないでしょうか。また、市長は『教室のいじめとたたかう~大津いじめ事件・女性市長の改革』という本を選挙に先立って出版しましたが、いじめと闘っているのは現場の先生であり、保護者であり、子供たち自身です。本の内容は、脅迫されていたのは教育長や市民だけでなく自分もだとか、子供の頃にどんなふうにいじめられたとか具体的に書いていますが、自己弁護に傾き過ぎ、権力を持つ者として、あまり趣味の良い本だとは思えません。
側近である2人の副市長と民間出身の教育長が辞任
越市長の独断専行によって職員の間には閉塞感が広がり、2人の副市長(総務省出身と市役所生え抜き)と民間出身の教育長が任期途中で辞任しました。3人とも越市長自身が選任した言わば「側近」たちですが、滋賀報知新聞で生え抜きの副市長が、産経新聞で教育長がそれぞれ辞任の経緯を説明し、ブログを開設して市長への厳しい批判を展開しています※(1)。
また、市議会において当初は越市長に友好的であった若手の市議も、越市政の4年間を総括し批判を強めています※(2) 。批判の内容は、越市長の政治姿勢や対話不足など様々ですが、ここまで批判されるのは佐賀県知事選に立候補して落選した元武雄市長の樋渡啓祐さんを彷彿とさせます。
市民はベターな選択を
大津市長選挙の行方はなんとも予想しがたいところですが、もし、越市長が自身の未熟や失政を認め、真摯に反省をされて新しい4年に立ち向かうビジョンを示されるのなら、相対的に最適任と市民が評価することもあり得ると思います。また、新人3人の立候補によって批判票が割れることで、結果として勝つ可能性もありますが、そもそも現在の制度では再選されて当たり前なのですからそんなことで信任されたということにはなりません。現職に、再選されればいいのだろうという甘えがないことを願いたいと思います。
市民にとって大事なことは、現職も3人のそれぞれに高水準の新人も同じ土俵において競い、大津市にとって相対的にベターな選択をして、市政に緊張感を創り出すことです。これだけ市政が混乱し、批判があるわけですから、1期だけで辞めさせるのは可愛そうだとかいうのだけでスルーするのは、あってはならないと思います。
長々と書きましたが、本稿が現職には自省のヒントに、意欲のある方には導火線につける火に、市民の皆さんには4年に一度のお祭りを楽しむ糧にしていただければ幸いですし、全国のみなさんには、面白いケースですので、地方自治のあり方を市民の意見が本当に反映されるものに変えていくきっかけにしていただきたいと思います。
※(1)
・前大津市副市長の茂呂治氏に直撃インタビュー
http://www.shigahochi.co.jp/info.php?type=article&id=A0020066
・大津市長、苦しい市政運営「意見合わない」と教育長が週刊誌で暴露、副市長の批判に職員が喝采
※(2)
・【越市政4年間の総括⑦】~「見かけだおしの改革」でいいの?~
http://www.fujiitetsuya.jp/blog/?p=6646
・越市政の4年間の問題の最終回!
http://blog.goo.ne.jp/yaman11/e/8d35e03b3041a2c787b949f195762aec
八幡和郎 評論家・歴史作家。徳島文理大学大学院教授。
滋賀県大津市出身。東京大学法学部を経て1975年通商産業省入省。入省後官費留学生としてフランス国立行政学院(ENA)留学。通産省大臣官房法令審査委員、通商政策局北西アジア課長、官房情報管理課長などを歴任し、1997年退官。2004年より徳島文理大学大学院教授。著書に『歴代総理の通信簿』(PHP文庫)『地方維新vs.土着権力 〈47都道府県〉政治地図』(文春新書)『吉田松陰名言集 思えば得るあり学べば為すあり』(宝島SUGOI文庫)など多数。