【映画評】白鯨との闘い --- 渡 まち子

2016年01月19日 06:00

1819年、アメリカ・マサチューセッツ州ナンタケット島は、捕鯨産業でその名を世界にとどろかせていた。大量の鯨油を手に入れようと島の港を出港した捕鯨船エセックス号には、腕のいい一等航海士チェイス、名家出身だが経験不足の船長ポラードらが乗船していた。だが、太平洋沖4,800kmの海域で白い化け物のようなマッコウクジラと遭遇。死闘の末に、船を沈められてしまう。生き残った者たちはわずかな食料と飲料水をかき集め、ボートで脱出するが、絶望的な漂流生活の中、生きのびるためにある決断を下すことになる…。

ハーマン・メルビルの小説「白鯨」にインスピレーションを与えた、捕鯨船エセックス号の海難事故の衝撃的な実話を映画化した「白鯨との闘い」。「白鯨」はグレゴリー・ペック主演で映画化もされている米文学の名著だ。ただ、映画を見ると「白鯨との闘い」という邦題には、ちょっと違和感を感じてしまう。観客は、人間と巨大鯨が海上で一大バトルを繰り広げるアクション映画を期待するはず。もちろん化け物のような白鯨とは戦うが、本作の主題はむしろ沈没後の壮絶な漂流サバイバルにあるのだ。闘うのは極限状態にある自分自身である。

映画は、作家メルビルがエセックス号最後の生存者ニカーソン(事故当時は少年)に取材をしながら、誰もが口を閉ざした事実を浮き彫りにするスタイルで進んでいく。メルビルが知った、生き抜くために倫理や道徳を踏み越えた人間たちの“真実”が、やがて白鯨に片足を奪われたエイハブ船長の狂気の復讐という圧倒的な“物語”を生み出したのだ。自然をねじふせようとした人間の傲慢への神の怒りが、巨大な白鯨を遣わしたのだろうか。航海士チェイスの目の前をゆっくりと横切る白鯨の大きな瞳は、これから彼らに起こることすべてを見透かした目のようだ。19世紀の鯨油ビジネスの階級制度など、興味深いサブストーリーにも注目したい。爽快さとは無縁の過酷なサバイバル劇だが、名匠ロン・ハワードは、ミステリアスな実録ドラマに仕上げてみせた。時に荒れ狂う大海原、巨大鯨との死闘、命がけの漂流。どれもが死と隣り合わせなのに、その映像は不思議なほど荘厳で美しい。
【70点】
(原題「IN THE HEART OF THE SEA」)
(アメリカ/ロン・ハワード監督/クリス・ヘムズワース、ベンジャミン・ウォーカー、キリアン・マーフィ、他)
(サバイバル度:★★★★★)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2016年1月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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