「〇〇新書」考

若井 朝彦

なにをいまさら紙媒体の「新書」のはなしを、と言われるかもしれないが、新書を通じて出版と書店と読者の今をすこし考えてみたい。2016年現在においても、出版はやはり社会一般の縮図のひとつであろうかと思う。

本屋にでかけると新書の棚の前に行く。新書はかなりの新刊が出る。諸社一切合財で、毎月100冊前後の新刊があるのではなかろうか。新刊本が潤沢に供給されているここは、静かになった現代の本屋でも、まだまだにぎやかな感じがする。

どんな本が出ているのかは、ネットでわかる。ネット上でも数ページなら「立ち読み」もできる。ネット上の書店にはコメント書評も附属している。だが、ここにあるあらゆる本の任意のページを、思いのままに「立ち読み」できる書店の機能は、やはりたいしたものだ(たいしたものだった)と、いまさらながら思う。

そこでどんな新書が出ているのか、というと、それは情報、情報、情報。

目立つものは「利殖(経済)」、「健康(医療)」に関するもの。

しかしこれが曲者で、たとえば病気に関する内容など、ある一冊が正しいとなると、その近くの本棚にある数冊の新書は「トンデモ本」ということになる。よく言えば百家争鳴なのであるが。

この「利殖」「健康」に「宗教」を加えると、これはもともとがペテン師のホームグラウンドであるわけで、ここに大量の書籍が投入されつづければ、その分野全体が怪しい感じになること、やはり避けがたい。

しかしA社が○○派ならB社は××派、というのならまだ解るが、一社の中で、相矛盾して、内容が喧嘩しているようなラインナップにさえなっていることが、ままある。これは出版の自由といわんよりも、出版社の身勝手というべきか。

結局のところ、詐欺から自分をどう護るのかと同じ事情で、読者諸賢にお任せ、自己責任で読め、ということになるのだろう。だが、積極的に評価はできないものの、昔の権威主義的な新書形態から見て、悪いことばかりではないようにも思われる。

ところで、新書本というものは、そもそもルポが得意で、学術を紹介している場合でも、豊富な臨場感を持たせて書くのが普通だった。古典を扱う「文庫」に対して「新書」という名称が与えられて定着した事情も、このあたりにあるのだろうが、総じて研究者の半自伝のような仕上がり。それでも研究そのものに対して、広い目配りは抜かりなく。

大古の昔の「新書本」が上記のように作られたわけだが、現在の新書には、思考や、考察や、ましてや模索、といったテーマの展開も、なかなか見られない。

したがって、新書に乗っかった情報というものが、古くなって不用となると、ふたたび読み直すべき内容は残りわずかで、ほとんど故紙となることが避けられない。たとえば「新古書店」の新書の棚の一部などには、どうしても廃墟感が漂うことになる。

紙媒体である必然性が薄れていることは、このことからもよく分かるわけだが、だからといって電子書籍として、タブレットやPCモニター上でこの新書が戦うとなるとどうなるのか。

ネット上の最新の、そして無料の情報との戦いになる。

こう考えると、新書というものの基地はやはり紙上にあることになる。ではその紙に展開する、物質としての新書の現在どうであろうか。

製本の糊が強固。それはそれで堅牢な本造りのつもりなのかもしれないが、ページが軽くは披かない。机に置いてさえも、手を触れつづけなければ活字を追うことができない。これらはかなり以前からのことだったのだが、近年、印刷機と製本機械(折丁)の精度が一層向上して、文字がページいっぱいいっぱいにまで印刷されている。

したがって、奥の方の行を読もうとすると、より強い力で本をグイと披かなければならないのだが、新書には特有の事情があって、本の背が高い割りに、ノドから小口までが短い(ページの横幅が狭い)。そのため糊の利き目がより強く出る。まさにバネである。

はなしは古くて恐縮だが、岡本太郎の万博の作品に、「座ることを拒否する椅子」があったのと同様に、「読まれることを拒否する新書」。

両手の親指で小口を押さえ続けなければ、ページはすぐ閉じてしまう。手に触れた心地よさが皆無、どころではなく、不快なのである。

大出版社の幹部は、インタヴューを受けると、若年層の活字離れをしばしば嘆く。この事情は新聞社幹部と似たりよったりだが、しかし、手にすること、ページに触れることに魅力がない本を、ずっと造りつづけて今に至っていることに、自覚はあるのだろうか。いつもそう思う。

新書には可能性がある。そういうジャンルなのだ。だが新書文化? というものが今後どこまで寿命を保つか、ということに関しては、その内容もさることながら、流通も含めて書物としての物質的な基礎が大きく影響すると、わたしは考えている。

 2016/03/06
 若井 朝彦(書籍編集)

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