ウエーターが工作員に変身する時 --- 長谷川 良

2016年03月10日 11:30

「韓国メディアの報道などによると、国際社会が経済制裁を強めるなか、北朝鮮政府が外貨獲得の手段として国外で展開しているレストランの経営が厳しくなっている。韓国の情報機関は、北朝鮮が国外に構えているレストランは約130店舗で、そのうちおよそ100店舗が中国にあり、年間の平均外貨収入は1億ドルを超えて主要な外貨資金源だと推定している」

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▲スパイたちが愛するのウィーン市の風景(2013年4月、撮影)

海外の中国反体制派メディア「大紀元」日本語版の上記の記事(3月4日)を読んでいると、音楽の都ウィーンにあった北朝鮮直営の「平壌レストラン」を思い出した。当方は数回、そこで夕食を取ったことがある。レストランでは知り合いも出来た。もちろん、名刺交換などはできないが、ウエーターの李さんだ。なぜ李さんと知り合いになったかというと、理由は簡単だ。レストランで英語かドイツ語で意思疎通できた店員は李さんしかいなかったからだ。

「平壌レストラン」の食事は平均的で飛びぬけて美味しかったとか、まずかったといった味覚の思い出はない。当方が食事の為にというより、取材目的で通っていたこともある。レストランでは「オーストリア・北朝鮮友好協会」の年次総会が開催された時など、総会の行方を取材するために客としてレストランに通った。その時、当方をマークするのがウエーターの李さんの仕事だった。

その李さんが突然、姿を消した、レストラン関係者によると、病気だという。それから李さんの姿も話も聞かなくなった。それから約5年後、李さんに再会した時は本当にビックリした。李さんはもはやウエーター姿ではなく、立派な背広姿で当方の前に現れた。李さんと直ぐには分からなかったほどだ。李さんはケルンテン州の小都市で開業した「アジア治療センター」の朴所長の通訳係りという立場だった。

李さんも当方の姿を見つけ「まずい人間に会った」という顔をしながらも、そこはプロだ。新しい役割を演じることに専念していた。北朝鮮はケルンテン州のWolfsberg (ヴォルフスべルク)で「アジア治療センター」を作る一方、人参茶製造工場を計画していた。欧州工作の経済拠点にする計画があった。北側はオーストリア政府の社会党(現社会主義民主党)の人脈を巧みに利用して営業許可を得ていた。オーストリアには親北の政治家が当時、少なくなかった。フィッシャー現大統領も親北政治家だ。

当方は李さんに近づき、「こんなところで会えるとは考えてもいませんでした」とちょっと皮肉を込めて挨拶した。李さんの本当の仕事は簡単に言えば工作員だった。当方をちらっと見ると、「こんにちわ」と落ち着いて答えた。当方もレストランの話は聞かず、李さんの新しい通訳者の立場を尊重し、北側のアジア治療センターの行方などについて、2、3質問したことを覚えている。

冷戦時代、旧ソ連・東欧諸国から多数のスパイや工作員が中欧の都ウィーンに屯していた。北も多数のスパイ、工作員を欧州に派遣していた。ワルシャワから突然、旅行中の日本人が行方不明になったこともあった。クロアチアのザグレブにはキム・ユーチョル(1938年生まれ)と呼ばれた副領事は欧州の日本人拉致事件の中心的な人物だった。李さんがどのような使命を担っていたか当方はまったく知らない(「スパイたちが愛するウィーン」2010年7月14日参考)。

ウィーンでは平壌レストランが突然、閉店した。その後、北の「金星銀行」が2004年、閉業した。ウィーンには重要な北の拠点はもはや国際テコンドー協会(ITF)の本部ぐらいだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年3月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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