パナマ円借款2800億は安倍政権の口止め料説

新田 哲史

本編に先立ち、熊本の地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。また、お亡くなりになられた皆様、遺されたご家族の皆様に謹んでお悔やみ申し上げます。


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どうも新田です。口止め料をもらっているはずなのに、取材に行くとペラペラ喋る“現金な”人を記者時代からよくお見かけしたものです。ところで、普段あまり国際関係とかに関心がなく、ましてや米中、朝鮮半島以外の国との外交なんぞにほとんど興味がない私ですが、昨日、SNS経由で見かけたこのニュースがちょっとした憶測を呼んでいたんですね。

(共同通信)日本、パナマに2800億円の円借款供与

日パナマ両首脳は、パナマの都市交通網整備のため、約2800億円の円借款を供与することで一致した。(2016/4/20 20:22)

記事を一読しただけだと、安倍さんとパナマの大統領が、さもその場で「一致」したように読めますが、うんなわけはない。この手の外交に関して首脳会談の段階はもうセレモニー的なもので、事前に事務方の折衝でとっくに折り合っているものです。完全に見過ごしていたんですが、本件は産経がすでに特ダネで15日に書いておりました。

パナマのモノレールに円借款 20日の首脳会談で合意へ 総事業費約3000億円

政府は15日、パナマ政府が計画するパナマ運河を横断するモノレール建設事業に円借款を供与する方針を固めた。同国のバレラ大統領が17日に来日、20日の安倍晋三首相との首脳会談後に両国政府間が円借款供与の交換文書に署名する。中米・カリブ地域にモノレールが導入されるのは初めて。総事業費は約3千億円で、このうち8割程度を円借款で賄う。

パナマのモノレールに円借款 20日の首脳会談で合意へ 総事業費約3000億円
 政府は15日、パナマ政府が計画するパナマ運河を横断するモノレール建設事業に円借款を供与する方針を固めた。同国のバレラ大統領が17日に来日、20日の安倍晋三首…

案の定、ネット上では、特にアンチ安倍クラスタから、「九州にたった23億しか出さない、エクアドルには何の音沙汰も示さないのにパナマのモノレールに3000億…どんだけ極悪」とか、はては「パナマ文書の口止め料だろ」みたいな話がウヨウヨ湧いて出ております。まあ、筆者の知人で結構、政治リテラシーが高い方も陰謀論めいた方を半分冗談で指摘していて、一瞬さもありなんとも思ったわけですが、実際にそうなのか軽く検証してみようかなと。といっても超簡単なことで、このモノレール事業がいつから浮上したのか、その時期がパナマ文書の前のことであれば、ひとまず、本当に口止め料なのかどうかわかるという単純なお話です。てなわけで今回は頭の体操。

陰謀論なのか?外務省のサイトをチェキラッ

以前、拙著「ネットで人生棒に振りかけた!」でも書きましたが、公開情報の収集と分析がインテリジェンスの基本であり、あのCIAだって情報収集の大半を公開情報をもとにしているとされます。外務省には国民や報道機関向けの広報リリースを公式サイトにアップしております。便利なことに国別のページごとに関連トピックスの編集もされており、パナマ外交関連のアーカイブも2000年以降、アップされております。

で、一本一本辿って行って見つけましたよ。2013年5月2日付で、岸田外相がパナマ大統領府を訪問した際のやりとりの記事にこうあります。5点の概要の2点目。

岸田大臣より,昨年10月の首脳会談でマルティネリ大統領から要請のあった「パナマ首都圏都市交通3号線整備計画」に関する円借款の活用の可能性を検討するため,JICAによる協力準備調査の実施を決定したことを伝えました。これに対しマルティネリ大統領からは,3号線の整備はパナマにとって重要なプロジェクトであり,両国間で意思疎通を緊密にして進めていきたいと述べました。

この「都市交通3号線」がモノレールのことで運河一体の新興住宅地などを通る全長26キロの交通インフラです。記事の出ていた2013年時点で「昨年10月に要請」ですから、じゃあ、2012年10月の記事はというと。。。はい、あります。大統領(前任者)が日本を訪れていました。ここで第1のポイントは、政治日程に詳しい人ならこの時の日本のカウンターパートは誰かわかりますよね。はい、当時の総理は安倍さんではなく、民主党政権最後の総理、野田さんです。お忘れの方は、ダチョウ倶楽部の竜ちゃん似のおじさんがいたなー、と思い出してください。その翌月、党内で「押すな、押すな」と言われていて、熱湯風呂に入らずに解散ボタン押しちゃったんですが。

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とまれ、野田さんと大統領の会談のサマリーを読むと、モノレール事業の円借款のやりとりは出ていませんが、計画は、民主党政権時代から継続的に検討されてきた案件だとわかります。この時点で安倍政権の陰謀的な話に疑義も呈されますが、で、円借款の検討を進めてきたのは、前述した通り、2013年5月以降ですから、当然、パナマ文書の話なぞ、未来の話なわけです。JICAの調査も入ったりして、大体いくらとか事業費の見積もりも入っていたのかなと、外交素人の私でも想像はつくわけですが、たしかに2800億円といえば、皮肉にも、駒崎さんが保育士給与増額等の子育て支援充実に必要と指摘する財源3,000億に相当しますし、遠い国より、まず自分の国のことだろうという憤懣やる方ない気持ちになりそうです。

とはいえ、外交は政権が変わろうが、相手国との約束事を履行しないと国際的な信用問題になりますし、外交下手な民主党政権ですら、運河を持つパナマの地政学的重要性は認識して、この案件の検討がスタートし、当然自民党政権でも引き継いできたのではないでしょうか。。。みたいな流れは、繰り返しますが「外交素人」の私でも考えますよ、これくらいのストーリー。結局、国家として何に投資をするのか、そのさじ加減を決めるのが政治家であり、その政治家を誰がいいのか、私たちが選挙で決めるだけのことです。

霞クラブの記者が色めき立つ非公開情報はあるのか?

さてさて、パナマ文書の影響もあって、昨日の首脳会談を報じた各社の記事の主な見出しは、産経に抜かれた円借款貸し出しではなく、各紙こんな感じのところが多そうです。

(読売新聞)金融口座情報の共有で交渉へ…日パナマ首脳会談

で、どんなやり取りだったのか。外務省のリリース記事を見てみると、興味深い金融口座情報の共有に関しては、次の概要だけブリーフィングされてます。

安倍総理大臣から,国際的な租税回避問題に関し,各国が国際的協調の枠組みの中で対応することの重要性に言及し,その一環として,OECDが策定した金融口座の情報交換のための国際基準へのパナマのコミットを確認し,両首脳は当該情報交換に必要な自動的情報交換の規定を含む日・パナマ租税情報交換協定の正式協議を早期に開始することで合意しました。

お、おう。ほとんど新聞記事と変わらん、あっさり加減。まあ、まだ始まったばかりというのもありましょうし、現場にいた記者にはもう少し突っ込んだブリーフィングがあったのでしょうが、それであっても、全てをつまびらかにすることはありません。

どのような意見交換なり、あるいは交渉ごとが行われたのか、霞クラブ(外務省記者クラブ)の記者さんたちが色めき立つような非公開の内容があったのかどうか、非常に興味深いところです。それにしても日米以外の首脳会談で、それもパナマのような小国で、こんなに面白くなるのも珍しいですね。すぐに「安倍さんがテレビ局のキャスターを降板させるよう働きかけた」とか、陰謀論好きのアナタは、公文書をざっくりとでもお読みになられた方が、もう少しリアリティを味わいながら楽しく妄想できますよ(棒)ではでは。

(写真は首相官邸サイトより)

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アゴラ編集長/ソーシャルアナリスト
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