功利的ご都合理想主義は軽蔑されるべき

2016年05月04日 12:20

憲法第九条を厳密に解釈すべきという平和主義の立場は、日本が率先して無抵抗主義を貫こうという覚悟のはずだ。その結果、多くの日本人が殺されても、女性たちが陵辱されても仕方ないということのはず。そこまで厳密でなくとも、軽武装に留める、軍事同盟を結ばない、予防的攻撃を行わないことは、外国から攻撃され、日本列島が戦場となる危険性を増す。

戦争で死者が多く出るのは、海外での戦闘でなく、本土での戦闘や爆撃であり、装備が劣っている側なのだ。日本は太平洋戦争で300万人の死者を出したが、アメリカは10万人以下。第九条の精神は平和主義の方が安全だなどという功利主義でなく、崇高な理想主義の実践ということのはずだ。

原発についても、世界的には、原発が経済的にも不利という意見は少数であり、既存原発の運転継続が不利という人は極少だ。だからこそ、脱原発のドイツでも既存原発は動かし続け、廃止後も海外の原発から売電している。私は、世界の将来のために原発を損得抜きでやめようというならひとつの意見として尊重し真剣な議論に値すると思うし、世界平和のために日本人がたくさん殺されても良いから第九条を厳しく守るというのも同じだ。

しかし、原発を止めた方が経済的に安いとか、第九条のお陰で平和が守れて日本人は安全だとか言うのは、真実から目を背けた「功利的ご都合理想主義」だと思う、そういう人を私は軽蔑するし、そういう人が日本人に多いことが大事な問題についての真摯な議論を難しくしていると思う。


編集部より;この原稿は八幡和郎氏のFacebook投稿を転載しました。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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