平和ボケ日本のオバマ広島訪問論評を撃つ

渡瀬 裕哉

「オバマ大統領・広島訪問」を単独で理解する愚

オバマ大統領による被ばく者の方々との面談は、素晴らしい歴史的な人道上の成果でした。

しかし、オバマ大統領の広島訪問に関するマスメディアにおける論評は「オバマ演説の字面」、「核廃絶の意義」、「謝罪の有無」というような表面的もしくは情緒的なものばかりでした。

そうではなく、今回のオバマ大統領の広島訪問は、日米関係と対中国外交について踏み込んだ内容を伴うものだということを認識すべきです。

外交活動は一連のプロセスを踏まえて行われており、「オバマ大統領・広島訪問」を単独で取り上げて喜んだり訝しんだりすることは感情論としては肯定しますが、核廃絶のような絵空事ではなく現実的に引き起こされる目の前の外交問題について向き合うべきです。

オバマ大統領も安倍首相も馬鹿ではないので、今回のオバマ大統領・広島訪問は両者が一国の元首に就任して以来の一連の流れの中で行われたものとして捉えて、その意義について理解する必要があります。

「中国による戦勝国外交を封殺」したオバマ大統領・広島訪問というシナリオ

安倍政権は政権誕生以来「セキュリティダイヤモンド構想」などの対中包囲網を形成するための外交政策を継続してきています。

米国議会での自由主義的な演説、インドとの巨額援助を引き換えにした安全保障協力の深化、慰安婦問題での韓国との突然の妥協、ロシアへの領土問題に絡めた一方的な経済支援など、安倍政権は対中包囲網形成のために「戦略的忍耐」を繰り返してきています。

そして、今回の「オバマ広島訪問」への見返りとして、安倍首相による「真珠湾訪問」が実質上内定していることが予測されるため、日米間に存在する過去の歴史問題にケリをつけるきっかけとなるでしょう。

一連の行動のねらいは、中国の戦勝国外交による日米離間の防止です。オバマ大統領の広島訪問に、日米間の出来事に中国が異常な反応を見せていることはこれを証明しています。少なくとも安保法制に対するそれより遥かに強烈な反応です。

対中限定戦争への外堀が埋まっていく日中関係

オバマ大統領の広島訪問を「世界が平和に近づいた」と理解している人々は外交音痴です。

オバマ大統領は現在進行形で中東において戦争を継続している大統領である、という基礎的な事柄すら忘れているのではないか、と疑わざるを得ません。

オバマ大統領・広島訪問は「第二次大戦の戦勝国クラブである米中が歴史観で袂を分かった出来事」であると理解すべきです。つまり、第二次大戦は過去の出来事として日米間では処理されることになり、米中間の戦勝国としての歴史的な共通項は意味を成さないものになるのです。

したがって、オバマ大統領と安倍首相は客観的な外交的事実関係として、中国との歴史観を今後は共有しないことを宣言したわけです。

筆者は日本が屈辱的な外交状況から脱却しつつあることに共感しますが、それ以上にオバマ大統領の広島訪問が東アジアの安定を壊す可能性について注目すべきだと思います。

第二次大戦に由来する歴史観の解消は米中衝突に向けた地ならし(しかも日本を巻き込んだものになる)と看做す必要があり、「東アジアの安定は崩壊に向けた一歩を確実に踏み出した」と言えるでしょう。

オバマ政権と安倍政権の焦りが産み出したオバマ大統領・広島訪問の実現

オバマ大統領の「政権のレガシーを残したい」という意図を安倍政権が巧みに利用し、対中包囲網形成に向けた外交的な一歩を米国に踏み出させた安倍政権の外交手腕は見事です。

ただし、筆者はその背後にある両者の焦りこそが「東アジアの安定」に危機をもたらすものと推測します。オバマ大統領はアジア回帰の具体的な成果を残すことに躍起であり、安倍政権は急速に逆転しつつある東シナ海・南シナ海での日中の力関係に焦燥感を覚えているはずです。

両者の焦りは十分な準備がないままに「第二次大戦の歴史観を清算する」という結末を生み出し、「砂上の楼閣」でしかない外交上の成果が安倍政権の外交政策の過信に繋がることに懸念を持っています。

筆者は、フィリピン、タイ、ラオス、インドネシア、豪州などで親中政権が誕生し、安倍政権が意図した対中包囲網に穴が開いて現実的なバランスオブパワーが崩壊しつつある中で、それらを軽視してイデオロギー的な正統性の確保に邁進する安倍政権の外交政策を深く憂慮しています。

無謀な外交的冒険主義に至る「平和ボケした日本人」の未来を憂う

「オバマ大統領・広島訪問」という事象を単独で取り上げた外交的評価は不毛です。そして日本人は安倍政権の政策プロセスが進むことによる日中の限定的な衝突が近づいていることに危機感を持つべきだと思います。

筆者は1945年以降の屈辱的な歴史を良しとする者ではありませんが、安倍政権の無謀な外交的冒険主義によって日本人の生命・財産、そして東アジアの安定が損なわれることには全く賛同できません。

間もなく国政選挙が近づく日本においては、同プロセスの進行を止めることができるような「マトモナ野党」が存在せず、冒険主義に加担する心情右翼や平和を唱えるだけの念仏左翼が蔓延っています。

オバマ大統領・広島訪問を「核廃絶に向けた未来への展望を示した」としか理解しない「平和ボケした日本人」の未来について深く憂慮しています。

安倍官邸vs.習近平 激化する日中外交戦争
読売新聞政治部
新潮社
2015-12-18

 

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などは[email protected]までお願いします。

渡瀬裕哉(ワタセユウヤ)
早稲田大学公共政策研究所地域主権研究センター招聘研究員
東京茶会(Tokyo Tea Party)事務局長、一般社団法人Japan Conservative Union 理事
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