著者の名前は、学生時代から知っていた。彼が東大の学内誌に書いた短編小説は傑作で、長編で在学中に文芸賞を受賞した。本人は作家になるつもりだったようだが、社会人の経験もしておこうということで、たまたま受かった朝日新聞社に入って、編集局長まで出世したが、早期退職した。
自由の身になったら朝日的なタテマエから自由になったかと思って読んだが、唖然とした。ポパーやロールズや丸山眞男などのありきたりな解釈をもとに、彼は日本国憲法の民主主義を賞賛し、現代のリベラリズムはそれを守る立憲主義だという。
ここには根本的な誤解がある。立憲主義は民主主義とはまったく別の概念で、しばしば矛盾するのだ。中田考氏も指摘するように、イスラームには神の法が国家権力を拘束する絶対的な立憲主義(法の支配)がある。それは国家を法によって上から支配する思想であり、民主主義とは相容れない。
他方、いま世界を騒がせている民主主義の政治家は、ドナルド・トランプやイギリスのEU離脱派やフランスなどの極右の排外主義だ。それは国家を大衆が下から支配する思想であり、この意味ではレーニンもヒトラーも毛沢東も民主主義だった。それを立憲主義と併存させる近代国家は、ほとんどアクロバティックな制度なのだ。
本書はこういう概念の整理もしないまま憲法を賞賛し、シールズに「21世紀のリベラリズム」を見出す。こんな混乱した話を彼が本気で信じているとすれば、朝日新聞に入らないで小説家になったほうがよかったと思う。