小沢一郎に岩手を追われた増田は都連に勝てる?

2016年07月27日 06:00

『小池「優」増田「良」鳥越「不可」である理由』という投稿で、『増田氏は悪くはない。だが、国際コミュニケーション能力は疑問だ。また、首都の顔には「華」がほしい。岩手県知事として「小沢一郎氏のロボット」であることを拒否したが、小沢氏の力で最初に知事になり、小沢氏に屈服するかたちで岩手を去った』と書いたところ、もう少し詳しく知りたいという要望があった。 

そこで、あえて、現在の状況に影響されないために、2007年に書いた拙著「歴代知事三〇〇人~日本全国「現代の殿さま」列伝」 (光文社新書。現在は電子版で入手可能)における増田前知事に関する部分をそのまま掲載したい。                                                          

まとめだけしておくと、 結局のところ、小沢一郎の思惑と支援で知事になった増田は、小沢のお目付役に束縛されて非常に苦労させられたが、なんとか自立して自民党も与党化した。しかし、小沢はこれを怒り、三選は辛うじて許されたものの、四選は許されず、評判の良い知事だったにもかかわらず、勇退して、小沢にひたすら忠実といわれる達増現知事に交代させられた。

そののち自民党内閣で総務相に抜擢されたのは、小沢の手口を知りり尽くした人物であることが主たる動機だったといわれた。 

また、増田が岩手県知事時代に、いわゆる西松建設疑惑があったのは事実であるし、それは増田が主導したものでなかったのも両方事実だ。(『増田寛也と「西松建設」』http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20160711-00059867/   

この経緯をもって、小沢のいいなりにならなかった骨のある人物というか、小沢のための、小沢により、小沢に勇退させられた知事とみるかは、読者の判断に任せたい。

そして、それは都政のドンとの今後の関係を占う参考になるだろう。 

(以下、拙著より。文章のつながりをつけるためのみに少し編集した)

一九九一年の選挙では、代議士の工藤巌(1991~95)が社会党の推薦を受けた衣川村長・菊地豊などを退けて当選した。工藤は東京大学法学部を卒業後、岩手県庁入りし、盛岡市長に転じ、三期目の途中に代議士となっていた。だが、すでに当選の祝いの席で健康不安を露呈し、肺気腫と闘いながらの任期で、再出馬は断念せざるを得なかった。

工藤はバブル崩壊後の不況のなかで政府の景気浮揚策に呼応して積極財政を続けた。とくに、県立大学構想には批判もあったが県勢発展のために不可欠なプロジェクトとして推進した。

後任をめぐっては、自民党が副知事だった佐々木浩、社会党が元代議士で釜石市長の経験もある小野信一を立てたのに対して、新進党の小沢一郎が増田盛の遺児である建設官僚の増田寛也(1995~2007)を推した。結果は増田が三六万票、佐々木が二七万票、小野が一四万票だった。二期目は自民党から社民党までの相乗り、三期目は政党推薦を断って、それぞれ共産党系候補を破って当選した。ただし、この時に、これが最後であるとしていた。

増田は全国的にも改革派知事の代表として高い声望を獲得し、二〇〇五年には、全国知事会の会長の椅子を麻生福岡県知事と争うまでになったが、このことは、色々な意味で彼の位置づけを象徴している。

しばしば、増田知事は「堅実な改革派」だといわれる。また、理念より行動の人だともいわれる。いわゆる改革派知事には、高知の橋本知事や宮城の浅野前知事に代表されるようにパフォーマンスを重視する人、また、一匹狼的な人が多い。それに比べたとき、増田知事は明らかに別のテイストを持っている。

就任早々から取り組んだ情報公開の強化にしても、「奥産道」の工事中止などいかにも改革派らしくはあるが、それほど華々しいものではなかった。道州制に向けても、秋田、青森両県と観光事務所を共同化するとか、高度医療について役割分担をするといった堅実な成果をもとめたものである。行政品質向上の運動とか、他県に先駆けた思い切った県内地方分権も大向こう受けを狙ったものではない。その地味さを象徴的に表していたのが、「がんばらない宣言」である。

だが、こうしたある意味で玄人受けする改革がプロからの評価を受け、また、調整能力も高いということが改革派代表として知事会会長候補に押し上げられたゆえんであろう。結果は、敗北だったが、旧建設省から二代続けてということにも難があったし、まとめ役にふさわしい年齢で、しかも、福岡という大県の知事である麻生に善戦したことは増田知事にとって十分に名誉なことだった。

二〇〇七年の知事選挙を前に、民主党は増田の不出馬表明を待たずにいちはやく代議士の達増拓也の擁立を決定し、増田が四選目に挑む可能性を封じた。 自民党は小沢と距離を置く増田の再出馬を期待したがかなわず、前滝沢村長の柳村純一を推薦した。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学大学院教授

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