千代の富士逝く。燃える涙はこぼれ落ち・・・

2016年08月11日 06:01

こんにちは。墨田区選出・東京都議会議員の川松真一朗です。

縁あって、アゴラの執筆者に加えて頂く事になりました。

この度、私は親方が亡くなって、あらためてNHKで放送された53連勝を追いかけた九州場所ドキュメンタリーを拝見しました。本場所15日間の毎日の中で1日1日をベテラン力士が大事に積み上げていく肉体と精神のあり方に感動しました。あの時、千秋楽で大乃国に勝っていればと相撲談義を重ねた回数は数えきれません。

貴ノ花に敗れた一番。「体力の限界」と語った引退会見は信楽高原鉄道事故の時だったとか、引退大相撲は雪降る中だったとか相撲ファンの脳裏から離れない記憶がそこにあります。物心ついた時から相撲ファンだった私の相撲人生の始まりは正に千代の富士であります。家の片隅に仕舞ってある千代の富士のサイン。貰った時は本当に嬉しかったなあと思い起こされるわけです。

今日は、その九重親方とのエピソードを紹介させて下さい。

2013年6月。私が初当選した都議会議員選挙最終日の早朝の事です。私自身は結構朝早くに家を出ましたら、すーっと車が私の横に停まって「大丈夫か?期日前で投票して来たからな。」と車の中から声を掛けて下さったのが九重親方でした。6月の都議選でしたので、選挙後の名古屋場所に行って九重親方にご挨拶へ行ったのが3年前の事です。

また、東京場所の際には時間があれば国技館へ足を運びたくなるのが“相撲評論家”としての性で、館内で親方に会えばお茶等を頂いて様々な世間話に興じ多くの事を学ばせて頂いたものです。都議会ヤジ問題が起こった時には本気で怒られもしました。

「君達は何の為に議員でいるんだ!」「議員報酬の重みを考えているのか?」など本質論での厳しいご指導もあったのです。最近では、舛添前都知事の件に絡んで「品格が無いな」「リーダーにはリーダーの振る舞いがあるんだ」と呟かれたものです。

と言っても、私がテレビ朝日相撲担当として記者クラブに出入りしていた時はここまでじっくりとお話する事は出来ず本当に怖い存在でだったのです。九重広報部長時代には、私自信気乗りはしていませんでしたが土俵外の話題も多くギリギリの取材で真面目に厳しく広報部長にご説教頂いた事もありました。その時は当分の間、相撲記者なのに広報部へ近づけなかったものです(笑)

それでも、今になって思えば、テレビ朝日ビッグスポーツ大賞に毎年来られていて、プリンスパークタワーでペリエを飲みながら相撲界の未来を本気で語っていた姿を思い出しては角界を背負ってこられた方だったなとしみじみ感じます。

昭和の大横綱・千代の富士として、私には想像もつかない程、多くの苦労や努力を重ね地位を守ってこられたんでしょうし、各界の大物と交流を持たれてきたはずです。だからこそ、一都議会議員の小僧に発して下さった一言一言が貴重で今後胸に刻んでいかねばならないと考えています。

ところで、親方とは地元・墨田区の活性化についても色々とお話をさせて頂きました。墨田区が生んだ国民栄誉賞・英雄の1人として、地元に光をどう導くか?真剣に語らせて頂いた事も今となっては幻となってしまい残念です。実際に地元の町会とも密着しているのが九重部屋です。親方の墨田区愛は本物だったと信じています。

私は日曜日の告別式に参列し最後のお別れをさせて頂きましたが、出棺に際してファンの方々が表通りまで並んでいた姿が目に焼き付けられています。

漫画「千代の富士物語北の大将」を読んで、ドラマを見て、様々なウルフの本を読んで来た相撲少年の私にとって「横綱・千代の富士は永遠なり」です。今一度、CX系でのドラマ千代の富士物語の主題歌だった松山千春さんの「燃える涙」を再び口ずさみ歌詞を噛み締め、このブログを書きました。

「幸せへとたどり着く 近道は知らない 限りの無い毎日に悔いは残さない
喜びと悲しみ背中合わせ 燃える涙はこぼれ落ち」

合掌。


編集部より:このブログは東京都議会議員、川松真一朗氏(自民党、墨田区選出)の公式ブログ 2016年8月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、川松真一朗の「日に日に新たに!!」をご覧ください。

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川松 真一朗
東京都議会議員(自由民主党、墨田区選出)

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