トランプ候補、選対陣営刷新で垣間見えた驚きの出口戦略

安田 佐和子

トランプ選対

大統領選挙まで90日を切った8月17日、共和党のトランプ候補が選挙陣営のトップを刷新して世間を驚かせたのはご案内の通りです。

最高責任者(CEO)には、右派系ニュースサイト“ブライトバート”の会長で、ゴールドマン・サックスでの勤務歴を持つスティーブン・バノン氏を起用。7月から世論調査分析で顧問を務めていたケリーアン・コンウェイ氏を選挙対策本部長に昇格させ、失地回復を狙います。

選対本部長だったポール・マナフォート氏の肩書は会長へ変更されたものの、事実上の降格だったため8月18日に退任を決断しました。同氏が親ロシア派のヤヌコビッチ元大統領からコンサルタント料として1270万ドルを受領した問題もあり、退任を余儀なくされたとも言われていますが、真相は藪の中。過激ながら率直な発言で支持を獲得してきたトランプ氏、マナフォート氏辞任をきっかけに「自分らしく」過激で挑発的で、率直に語りかけるスタイルを復活させること間違いなしです。

ただ民主党と共和党の接戦州(スウィング・ステート)とされる州の世論調査で敗色が濃くなったせいか、まずは自身の暴言に「後悔」の念を表明しましたけどね。明確に指定しませんでしたが、自身の息子をイラク戦争で亡くしたイスラム系アメリカ人のご両親に対してであることは想像に難くありません。

不法移民の本国送還に関わる強硬姿勢を変更する案を検討しているとも報じられ、マナフォート氏辞任後はありとあらゆる角度で選挙戦を見直しているかのようにも見えますね。

ニューハンプシャー州は青に変わり、フロリダ州やアリゾナ州のほか共和党の牙城だったジョージア州も危うい状況。
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(出所:RealClearPolitics

マナフォート氏より、興味深いのは選対CEOをブライトバートから選んだという事実です。あまり知られていない話ですが、ブライトバートはイスラエルとの関係が深いんですよね。創設者で2012年に死亡したアンドリュー・ブライトバート氏こそ、キーパーソン。同氏は、メディア業界に新風を吹き込んだ人物として知られます。各ニュースを集めたドラッジ・レポートの創設者に師事して頭角を現し、左派系メディアのハフィントン・ポスト設立にも加わりました。

2007年に自身の名を冠したニュースサイトを設立するにあたって、イスラエルの左派中道寄りの新聞ハアレツによるとハスバラ(イスラエルの外交政策宣伝活動)組織の援助を受けたとされます。首相就任前のネタニヤフ氏との親交を物語る写真も見つかりました。ブライトバート自体、2015年には海外拠点としてロンドンの次にエルサレムに支局を開いているので、その密な関係が浮かび上がります。

また、わずか2ヵ月間で2度目の選対陣営刷新には保守系フォックス・ニュースの創設者で前CEOのロジャー・アイレス氏のほか、NY州在住でユダヤ系とされるロバート・マーサー氏が関わったとの話もあります。マーサー氏はヘッジファンドで巨万の富を築いた保守派で、ブライトバートに投資する一人。選挙資金の大口提供者であり、予備選当初は親イスラエル政策を掲げるテッド・クルーズ上院議員を支援していましたが、同議員の選挙戦撤退を受けトランプ支持にまわりました。

そのブライトバートとトランプ氏がつながった理由は、第一にマーサー氏からの選挙資金獲得に向けたバーター取引だった可能性を残します。もう一つ考えられる背景こそ、米大統領選での敗北を見越した出口戦略ではないでしょうか。その出口戦略には、長女イヴァンカの夫であるジャレッド・カシュナー氏も一枚噛んでいるとみられます。義理の息子であるカシュナー氏とは、メディア会社の買収を模索した経緯があるとも伝えられています。

フォックス創立者のアイレス氏も加わり、目指すは巨大右派メディア帝国の設立ではないでしょうか。トランプ氏が既存メディアの報道を「不公平だ」と非難してきましたし、世論調査で確実に自分を支持する30%のアメリカ人に向けてメッセージを送り続け、自身の子供に米大統領の夢を託す可能性も見捨てておけません。トランプ氏はビジネスマンですから、転んでもただではおかないでしょう。

(カバー写真:Stock News USA/Flickr)


編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK -」2016年8月23日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった安田氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。