彩湖の可能性をどう考えるか?

上山 信一
彩湖

洪水調整機能のある貯水池、彩湖(Wikipediaより;編集部)

海の森、長沼に加え、彩湖も選択肢にというご意見がある。わたしは「できない理由」を並べるのは嫌いだ。しかし彩湖については、今からの見直しの候補地にはなりがたいと考える。確かに彩湖は首都圏にあるし、戸田の横で愛着の深い方も多いだろう。

しかしオリンピック会場としては、ボート協会はある段階から彩湖をあきらめ、海の森を推してきた。それに合わせて都庁と国際競技連盟、IOCも作業を進めてきた。彩湖はいったん検討され、却下された候補地である。長沼も過去はそうだった。しかしその後道路が整備され、復興住宅もできて開発が進んだ。状況が大きく変わった特殊な候補地である。こうした事情を背景に踏まえつつ、今回の調査を行っている。さて、ここでは情報公開の一環として、調査チームで調べた途中経過を(守秘義務に触れない範囲)紹介する。

1.報道の誤り

各種報道には、調査報告書の解釈間違いが多い。第1に調査チームは「長沼が351億かかるとか、彩湖が558億」といった試算は行っていない。56Pの数字は東京都のオリンピック準備局の過去の試算を参考資料で紹介したものである。
(報告書は、http://www.toseikaikaku.metro.tokyo.jp/kaigi02/olympic/01houkokusyo.pdf
また調査チームは都の恒久施設としての海の森プロジェクトへの疑問は呈したが、長沼がベストだと報告書で明記していない。

2.9月29日以降の展開

9月29日の報告書では「海の森」以外の可能性も探索すべしと明記した。その後、知事との討議を経て、以後の調査では、長沼についてさらに具体的な可能性を探求しよう、ということになる。そこで村井知事にお願いし、宮城県の協力も得て作業を始めた。宮城県も独自の調査を始めた。その一環で小池知事、オリンピック準備局、調査チームは10月15日に現地訪問し、村井知事や県庁職員、現地の競技団体の関係者と意見交換をした。

3.現時点ではどう考えているか。

プレスの問い合わせが多いので情報公開の一環としてまだあくまで個人の意見だが、調査チームの考え方を紹介したい(一部は知事と共有化しているがこの内容は今後の作業で変化する可能性がある。

(1)今回の見直しの必要条件

今回の見直しは、招致時、あるいは2年前の候補地選びとは性格が全く異なる。そもそも4年を切った時点での会場変更の可能性の探求である。時間的制約が大きい。

大会は2020年夏でもそれより前にテストをする必要がある。工事はもっと早く終わる必要がある。特に野外競技はそうだ。だから実質、2年強しかないと考えるべきだ。

また、見直しの期限という第2の制約もある。海の森はすでに着工している。12月には杭打ちが始まる。杭を打つと抜く費用が高い。いったん杭打ちを止めてしばらく余裕がないわけではないが、長く止めて他の選択肢を探求した挙句にやっぱり海の森しかないとなった時に「間に合わない」ではすませられない。だから代替候補地は、コースの質や立地以前に以下の必要条件を満たしたものの中から選ぶしかない。

つまり、何か月もかかる時間のかかる調査や工事を必要としないこと(最大でも11月末まで)
地権者との交渉、用地買収、各種規制などを簡単にクリアできること
財源の見込みが立つこと。ちなみにこれは金額の多寡だけでなく、仮設か恒設かで大きく違ってくる。恒設なら地元自治体が負担する。仮設なら組織委員会が負担する。しかし仮設の場合、後で壊してレガシーが残らない。またIOCが難色を示す可能性もある。仮に交渉の末、東京都が出す場合でも同じで、仮設で大きな金額を投資するというのはなかなか難しく調整に時間がかかる

(2)必要条件の充足状況

海の森は国政競技団体と協議しながら設計しているのでクリアする。長沼は国際大会をやった経験があり、オリンピックのための選手村やカメラレーン等の周辺設備の整備だけすればよい。彩湖はコースを新規に設計して作る必要があり、かなりの時間がかかる。ちなみに戸田が近所にあり1964年大会で使われ、今も国内大会で使われているがレーン数が6しかなく、拡張もできないのでIOC基準の8を満たさない(あるとしたら戸田ではなく彩湖である)。

海の森はクリア、長沼もほとんどが県有地で環境アセスだけやればよい。彩湖は国交省の調節池であるため様々な制約要因がかかる。最大のリスクは水没である。洪水調整のために水没すると大会ができなくなる可能性が排除できない。洪水調節池である以上、いつでも撤去できる仮設設備でしかない。しかしIOCはなるべく恒設にしてレガシーを残すことを求めている。

なお資金を東京都や組織委員会が出す場合は、国交省の要件とは無関係に恒設は無理で、この場合も必ず仮設となる。なお、彩湖の場合、新たな設備建設となるので今から1か月強のうちに試算を終えられるかどうか疑問がある。資金については長沼は恒設として県が出すと明確である。あとは大会運営の追加設備を組織委が出せばよいだけだ。すっきりしている。なお海の森は恒設とした場合のレガシーが不明確という問題を抱えている。

(3)十分条件(コースや利便性など)

これは主に競技者にとっての価値からの評価項目が多い。詳しくは報告書の55Pでも紹介したとおりである。波、風、騒音、利便性などが重視される。この点は一長一短であり、どこかが全くダメというわけではない。しかし判断するのはIOCと国際競技連盟である。重視するのは第1に大会時の適性であり、第2が大会後の利便性である。テレビのインタビューにこたえるアスリートの意見は第2のカテゴリーの方がほとんどである。大事な指摘だが、大会候補地は第1の視点からの評価が必須である。
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以上から、現時点では調査チームは「海の森」と「長沼」の2つが現実的な選択肢と考え、この2つを軸に作業している。前者は後利用計画の見直しやコストダウンの可能性、後者についてはオリンピック特有の施設(衛星通信や放送拠点など)のあり方などの精査が必要だ。そのうえで知事による総合判断となる。しかし、さらにそこからIOC、国際競技団体、組織委員会、国内競技団体などとの協議が必要となる。残された時間は限られる。

こうした状況の中、もし埼玉や岐阜などの県が宮城県のように正式な検討を知事のもとに申し入れてこられた場合、調査チームは小池知事の判断に従って調査対象に他の候補地をいれる可能性はある。しかし、今の時点では他の候補地は上記の必要条件を満たさない。そのため、少なくとも2020年大会については候補地にはなりにくいと考えている。

(参考;過去の都議会答弁にある主な彩湖の評価、抜き書き)
彩湖は、国土交通省管理の貯水池で流域の水害軽減を図る洪水調整機能を有し、調節池全体が洪水により水没する仕組み。実際に、平成11年8月には調節池全体が水没。

河川敷と同様に、恒設施設は設置できずに、直ちに撤去可能な仮設施設の設置に限定される。大会期間中も、河川法に基づく施設の撤去が求められる

彩湖での施設整備には、治水機能上重要な流入堤や貯水池機場の付近へのコース設置、児童遊具施設などの大規模な湖岸掘削、ランニングコースとして親しまれる管理橋の撤去、新たな橋梁の設置などが必要

オリンピックで求められる施設となると水域内にウオームアップエリア、回漕レーン、クーリングダウンエリアを競技コース以外につくることになり、大きく湖岸を掘削する必要がある。


編集部より:このブログは慶應義塾大学総合政策学部教授、上山信一氏のブログ、2016年10月16日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた上山氏に感謝いたします。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、上山氏のブログ「見えないものを見よう」をご覧ください。