「革命」と呼んでもいいだろう。米国民は過激な異端児に核兵器のボタンを預け、経済と政治の変革を託した。その衝撃は欧州連合(EU)からの離脱を決めた英国民投票の比ではない。
米国の選挙でドナルド・トランプ大統領が誕生した翌日の日本経済新聞朝刊1面の企画「トランプショックの第1回目「社会分断、危うい大衆政治」と題する文章の出だしである。
何とも大げさな、と思いませんか。当日、日本の株価は1000円も下げ、円も大幅に上がった。だが、株価は1日で元に戻り、その後は上昇基調。15日の終値は 1万7646円で前日より下がったが、下げ幅はわずか27円でほぼ横ばいだ。米国株に至っては14日まで6日続伸し、3営業日連続で最高値を更新した。
トランプ氏がインフラ投資拡大や金融規制緩和を表明する一方、過激な発言を次々と修正しているからだ。15日の日経1面はそれをやや詳しく伝えている。
1100万人の全不法移民の強制送還は「犯罪者か犯罪歴のある人物、ギャングや麻薬密売人ら200万~300万人が対象」と述べ、その他の不法移民の扱いは「国境を安全にし、全てが正常化してから決める」と留保した。メキシコ国境に築く「壁」はフェンスを併用すると語った。
日韓など同盟国の核保有容認は、13日のツイッターで「多くの国が核兵器を持つべきだとは言っていない」と否定した。
廃止を約束していた医療保険制度改革法(オバマケア)の内容も、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルとのインタビューで新法に一部を引き継いだり、現行法を修正するなど柔軟に対処する可能性を示唆した。
「常識」へと変わり出したのは明らかである。見出しは「新政権 まず安全重視」。メキシコ国境もコストのかかる「壁」でなくフェンスを併用するいうことだが、フェンスだって、数千キロにわたってやるかのは相当困難で、カネもかかる。どこまでやるか。時間をかけつつ、人々の批判を招かないようにしながら、一部にとどめるのではないだろうか。
環太平洋経済連携協定(TPP)やイスラム教徒の入国禁止についても強行なようで過激な発言はストップしている。
TPPは、オーストラリアのターンブル首相との電話協議の際に改めて撤退を主張したもようだが、大統領選後の対外発信はない。再交渉か脱退を言明していた北米自由貿易協定(NAFTA)やイスラム教徒の入国禁止も直接言及していない。
冒頭の日経記事はこう締めくくっている。
トランプ氏の公約がすんなり実現するとは思えない。だが自由で多様な米国が著しく変質し、社会の深刻な分断と民主主義の劣化を露呈する懸念は拭えない。世界は経済の縮小均衡と国際秩序の空白におびえながら、緊迫の4年間に突入する。
書いた記者も日経も、トランプ氏の過激な公約の実現は困難だと思っている。しかし、選挙戦時のトランプ氏は真に迫った口調で、時に口汚く罵り、知性を感じさせない側面も数々あったので、「これは大変だ」と思って「革命と呼んでも良い。世界は経済の縮小均衡と国際秩序の空白におびえながら、緊迫の4年間に突入する」と書いた(書いてしまった)のだろう。
新聞は「大変だ!」と変化を大きく表現することで読者を確保しようとしがちである。驚くようなニュース、特ダネを提供しなければ新聞は売れない。それは新聞の業であり、宿命である。
だが、大げさになって事実から乖離し始めると、読者は離れる。それを知っているから、トランプ氏が大げさな発言を訂正すると、追従記事を書き、自らの「過激」な企画記事を修正して行く。トランプは負けると書いてきた誤りと、その不明を恥じる文章は書かずに。
だが、時には誠実に、謙虚に自分達の取材が甘かった点を詫びる原稿を載せた方が読者の好感を呼ぶと思う。自分が元記者だったこともあって、そう思う。
ところで、トランプ氏も相当に強かだ、当選するためなら、過激な発言も繰り返し、当選となったら、すぐに軌道修正する。それが大きな反発を呼ばないように、インフラ投資や金融規制緩和の政策を投入しながら。
大体、今回の選挙は僅差そのもので、ヒラリー・クリントン民主党候補とトランプ候補の得票数は5分5分だった。その意味では米国は二分されているといえるが、それで国が分裂することはない。
分裂より一緒にいた方がいいことはわかっているからだ。従って、選挙が終われば、双方の政策は似通ってくる。ただ、トランプ氏に内向き志向が強いことは確かだし、中国やロシア、中東、そしてアジアとの外交政策にトランプ独自の色合いが出てくることは否めないだろう。
そこを見極めつつ、日本の望む方向に政策を進めるしかない。もとより日米同盟は今後も最重視せねばならないことは言うまでもない。だが、今までよりも日本の外交の自由度が高まるのならば、それは結構なことだ。