「3省AI研究開発に関する連携体制」というペーパーが手元にあります。
総務省・文科省・経産省の3省が連携し、AIに関する基礎研究、応用研究、標準化、人材育成を進めるというのです。
AIを核としたIoTの社会、ビジネスの「実装」に向けた研究開発・実証を行う。
各分野でのビッグデータの集積と、センサーの量的・質的拡大=IoTを進める。
そうあります。
省庁連携をするということ。AI自体の研究にとどまらず、社会実装を進めるということ。
字面が示す方向は、よさそうです。
ですが、ホントに大丈夫なんでしょうか。
安倍首相の掛け声により、「人工知能技術戦略会議」を設置し、一体的に進めるとのことです。
安西祐一郎科学技術振興事業団(JST)理事長・元慶應義塾大学塾長が議長を務め、東大総長、阪大総長、理研など主要研究機関の理事長らが名を連ねます。ものものしいです。
迫力はあるけど、大丈夫か、といういつもの心配がむくむく。
新聞報道では、20以上の企業との共同開発を進めるため文科省が100億円を要求する、10年で1000億円規模となる、とされています。
Google、Appleら巨大企業が年間でそれぐらいの投資をかける分野に、なけなしの税金で立ち向かっていて大丈夫か、といういつもの心配がむくむく。
第5世代コンピュータの開発は、10年で500億円かけて失敗したという忘れがたい経験もあります。
しかし、今回の動きは、これまでとは違う。
文科省研究振興局はじめ担当のかたがたに伺い、そう感じております。
少し期待を抱かせるものがあります。理由を3点挙げます。
1 抜擢。
2016年4月、理研に「革新知能統合研究センター」が置かれました。そのセンター長に、41歳の東大教授 杉山将さんをあてました。若手に任せる、という意思表示です。
センターにはカーネギーメロン大学 金出武雄さん、国立情報学研究所(NII)喜連川優所長、川人光男ATR脳情報通信総研所長らチョ~重鎮を顧問に据えて睨みをきかせるとともに、杉山さんの下に30・40代を中心に気鋭の研究者30名をずらりと配備。
AIの研究センターには20代がほしいところですが、これまでこうした国策では50代・60代が主体だったのに比べれば、思い切った人事。政府の危機感が現れています。
2 連携。
3省連携と聞くと、会議体を作って3代表の政務や官僚が握手して形だけ整えるのが常道。だが今回は文科・総務・経産省それぞれの傘下にある理研、情報通信研究機構(NICT)、産総研が連携するといいます。
研究者がコミュニティを一つにしてくれれば、そして役所がそれを督励してくれれば、力が湧きます。
かつて第5世代コンピュータ構想を通産省が進めていたころ、郵政省は自動翻訳電話開発構想を進め(ぼくが担当でした)、AI開発にしのぎを削る、というか、対抗していました。タテ割り弊害の典型です。競争に意味はありますが、国のやることじゃないし、そんな余裕もありません。
今回は本気で手を組む、その姿勢は伝わります。
3 文系。
JST「社会技術研究開発センター」に「人と情報のエコシステム」領域を定め、AI、IoT、ビッグデータなどの技術がもたらす社会問題に取り組むそうです。慶應義塾大学 國領二郎さんが総括、土居範久さん、西垣通さん、松原仁さん、村上文洋さんら信頼の置けるかたがたが関わります。
法律・制度、倫理・哲学、経済・雇用、教育などのテーマに取り組むとのこと。
AIやロボットが人の仕事を奪う。あるいは事故を起こす。情報の流通が事件につながる。これら社会に漂う不安をどう解消し、あるいは措置していくのか。技術の進展に対し、社会が求めるものは何か。
AIの開発と併せて進めるべきはこれら文系の知見の総動員です。AIの技術は世界共通でも、社会がどのように受容するかはすぐれてローカルな問題。他国がどうあれ日本が取り組むべき。文理融合で進めようという姿勢に、本気度を見ます。
JSTのセンターに参加する西垣通さんが経済教室「人工知能の光と影」に、シンギュラリティ仮設や汎用AIなどは西洋の宗教的伝統=絶対神を背景とするものであり、日本が理想的AI像に追従する必要はないとしています。
「大切なのは、自我を持つ汎用AIといった幻を追わず、実用的な専用AIの精神にまい進すること」とも記しています。
こうした視座を抱えておくことも大切でしょう。
さて、政府のフォーメーションは揃ったと。問われるのは民間の番かもしれません。この領域、どれくらリスクを取り、コストをかけるのか。政府はやることはやったよ、と。
もちろん、政府がすべきことはまだまだあります。
AIやIoTを使うに当っての規制緩和。ロボットやドローンがバンバン使えるようにすることです。
そして官需による市場開拓。まず役所がAIやIoTを業務に導入していくことです。
そこまで本気度を見せていただければ、自然に動き始めるでしょう。
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2016年11月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。