原発の事故処理は安倍首相が政治決断するときだ

池田 信夫

hairoけさ経産省の「東電改革・1F問題委員会」が開かれ、現在の「支援機構」の体制を来年度以降も続けることになった。今年度中に国が手を引く予定だったが、逆に左の表(日経新聞)のように賠償・廃炉・除染などのコストが20兆円を超えることが判明したからだ。

今の想定では、国が支援機構を通じて東電に出資して賠償費用を立て替え、それを東電が経営を再建して返済することになっているが、経常利益3000億円程度の東電には20兆円の債務を返済する能力はない。東電の広瀬社長も記者会見で認めたように、このままでは来年3月に「債務超過になって倒れてしまう可能性」がある。

それを避けるために出てきたのが、新電力などの託送料に上乗せする案だが、これは最終的には国民負担になる。先週の「言論アリーナ」でも議論したように、東電の起こした事故の賠償費用を無関係な新電力に負担させる「奉加帳方式」では問題は解決しない。なぜなら国民負担を最小化するインセンティブが誰にもないからだ。

事故直後には、経産省も東電も原賠法の第3条ただし書きを適用して1200億円以上を免責する方法を考えたが、民主党政権がそれを拒否したため、東電を表に立てて経産省があやつる二人羽織のような無責任体制になった。民主党政権は「国民負担ゼロ」と約束したが、支援機構は1兆円出資せざるをえなくなった。来年3月期の決算で債務超過を防ぐには、さらに資本注入が必要になる可能性がある。

1990年代の不良債権処理のときも、最初は10兆円程度だった損失を隠して奉加帳を回して国費を逐次投入しているうちに、損失が100兆円にふくらんだ。成功例としては、2010年に法的整理した日本航空がある。これは負債総額2兆3200億円と規模が東電より一桁小さかったが、3年足らずで経営を再建して再上場し、国からの借金もすべて返した。

こうした歴史の教訓は、資本注入は早くやったほうがいいということだ。銀行への資本注入も、1992年8月に宮沢首相が提唱したときやっていれば、損害は20兆円ぐらいですんだかもしれない。このとき「自己責任」などという応報感情で処理を遅らせると、結果的に国民負担が大きくなる。

もうひとつ銀行の不良債権にもJALにもいえることは、株主責任を問わないで国費投入はできないということだ。銀行団を中心にした「私的整理」は小規模なら可能だが、利害調整が困難で、JALでさえ行き詰まった。銀行の場合は「一時国有化」という形で株式を100%減資して、やっと資本注入ができた。

何よりも大事なことは、安倍首相の約束どおり国が前面に出て責任をもつということだ。今の無責任体制では、東電は最終的な決定権がないので、飲んでも大丈夫な「汚染水」を薄めて流す処理さえできない。健康に無意味な「除染」の費用は2.5兆円から4兆円以上に増え、国が介入しないとコントロールがきかない。

賠償費用の増加分3兆円は託送料に上乗せしてごまかすのではなく、明示的に国が資本注入すべきだ。そのためには経産省の検討している原子力部門の分社化も一案だが、株式は100%減資し、銀行の債権も一部放棄する必要がある。これは役所にはできない判断なので、首相が決めるしかない。ぐずぐずしていると、年度末に危機が発生するおそれがある。

追記:6日の日経1面に「東電、原発・送配電を他社と統合 再建計画に明記」という記事が出ているが、これは東電が自社の再建計画に書くだけで、他社の同意は得ていない。経産省が前からやりたがっているが、史上最大の経営統合で簡単にできる話ではない。それに「福島を除く」統合では、いま焦眉の急である債務超過の対策にはならない。