思想や技術革新は世界を動かす。筆者は以前のコラムで、「第4次産業革命等の成否を最初に握るのは「データ」であり、ICT革命の次は「データ産業革命」という認識が世界トップ層で密かに浸透しつつある」旨の主張を展開した。
この理由は単純で、このデータ産業革命の行き着く先に見えているのは、次のような世界であるからである。まず、一番上に人工知能(AI)という「脳」があり、その下にはハイテク機器にIoT等が組み込まれ、そこが人間でいうと「神経細胞」のようになる。当然、この神経細胞には、インターネットで張り巡らされた既存の情報ネットワークやそこから生成される様々な情報なども含まれ、これらの情報(ビッグデータ)は特定の場所にプールされる。
ただ、ビックデータも頭脳がなければ意味がなく、人間が目指す目的を設定・制御しつつ、人工知能が解析しながら深層学習(ディープ・ラーニング)で価値を見出していく。この意味で、ビッグデータは人工知能が進化するために必要不可欠な「食糧」に相当し、経済学的には「資産」でもあり、様々なデータを融合することで莫大な価値を創造できる。
その際、このデータ産業革命の本丸は「金融」、中でも「仮想通貨」だと筆者は予想している。理由は簡単である。我々が経済活動で何か取引を行ったときに必ず動くものは「マネー」であり、仮想通貨が経済取引の裏側で生成するビッグデータは「スーパー・ビッグデータ」であるからである。
このような状況の中、先般(2016年12月1日)、早大ファイナンス総合研究所顧問の野口悠紀雄先生は、ダイヤモンド・オンラインの連載コラムに 「中央銀行の仮想通貨発行が現実へ、その時何が起こるか」を掲載した。同コラムでは、イギリスの中央銀行(イングランド銀行)をはじめ、多くの国の中央銀行が仮想通貨に強い関心を寄せており、「どこかの中央銀行が5年以内に仮想通貨を実現するだろう」という雑誌Forbesの予測を記載している。
この急速な動きの背景には様々な戦略が存在するが、仮想通貨を利用した取引が生成するビッグデータは、様々な可能性を秘めていることを考えると納得がいく。
例えば、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が一か所のクラウドに収集することができれば、マネーの動きが詳細に把握でき、成長産業の「芽」を分析・予測できよう。また、家計消費や企業投資の動きも把握でき、いま日本で問題になっているGDP統計の問題解決にも利用できることが期待できる。
もしデータ・プラットフォームを構築し、個人情報が特定不可能な形式に加工した上で、誰でも利用できる形で公開すれば、様々なビジネスに利用できよう。
ところで、中央銀行が発行する現代の紙幣は、偽造防止技術(ホログラム)や特殊な紙・印章を含めて最高水準のテクノロジーを利用したものだが、(紙であるために)「誰が何を買ったか」「誰が紙幣を保有しているか」といった情報は、紙幣を発行した者から切り離されているという視点も重要である。すなわち、現代の紙幣は、民主的・分権的でプライバシー保護に役立っており、消費者は安心して買い物ができる。
中央銀行が仮想通貨を発行するとき、最も注意する必要があるのはこの視点であり、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が一か所のクラウドに収集する場合、仮想通貨を受け取った側のデータは蓄積するが、家計・企業といった簡単な属性区分を除き、仮想通貨を渡した側のデータは基本的に蓄積してはならない。
なお、サービス産業の生産性を高める観点から、北欧諸国(スウェーデン・デンマーク・ノルウェー等)では「キャッシュレス経済」が進展しつつあるが、中央銀行による仮想通貨の発行はその動きを加速するはずだ。
いずれにせよ、いま世界では「データ=アセット(資産)」になる時代が近づいている。データは実物資産と異なり目減りせず、世界中で情報を瞬時に移動することができ、ネットワーク外部性があるので、良質なビッグデータやそのプラットフォームを制するものがこれからの世界経済を制する可能性が高い。
ICT革命ではGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に日本企業は敗北したが、データ産業革命はこれからが本番で、いまなら未だ間に合う。日銀による仮想通貨の発行を起爆剤としつつ、電子政府の構築を含め、データ産業革命を「日本列島改造計画ver.2.0」として本気で推進してみてはどうか。