カザフスタンのラハト・アリエフ元大使(当時52)が昨年2月24日、ウィーンの独房で縊死していたのを発見された事件は大きな衝撃を投げかけたが、元大使の弁護人の依頼を受けて調査していた特別鑑定人は12日、「アリエフ氏は自殺ではなく、殺された可能性がある」とその鑑定結果を発表した。カザフとオーストリア両国の政治家を巻き込んだ「アリエフ元大使事件」はサスペンス小説のようなストーリー展開となってきた。すなわち、自殺は偽装で実際は計画的な殺人事件だったというプロットだ。
先ず、アリエフ元大使事件の概要を紹介する。
カザフ共和国ではヌルスルタン・ナザルバエフ大統領が1991年12月、ソ連から独立以来、5選、通算25年余り政権を握っている。その大統領の娘と結婚したアリエフ氏が2002年、駐オーストリア大使に就任したことからこの話は始まる。
アリエフ氏は一時、カザフに戻り、外務次官を務めていた2007年1月、アリエフ氏所有銀行の2人のマネージャ―が行方不明になる事件が発生した。
同年2月、アリエフ氏はウィーンに大使として再び帰任。同年5月、カザフ当局はアリエフ氏が2人の銀行マネージャーを拉致した容疑で捜査を開始した。カザフ側はアリエフ氏とその側近を不在裁判で誘拐容疑として有罪判決を下す一方、関係国に同氏の引き渡しを要求(オーストリア側は拒否)。カザフ側の情報では11年5月、アリエフ氏の会社敷地内で2人の銀行マネージャーの死体が発見されたという。
オーストリア検察局は2014年5月、アリエフ氏の身柄拘束を命令。アリエフ氏は同年12月30日、殺人容疑で収監され、ウィ―ンの刑務所内の独房に送られた。
ここまでは、ナザルバエフ大統領の政敵・アリエフ氏が大統領の画策の犠牲となったことが推測される。筋は急展開する。15年2月24日、アリエフ氏が独房内で首つり自殺をしていたのが発見されたのだ。アリエフ氏の自殺を記述した司法医学鑑定書が発表され、事件は幕を閉じた。
それから1年10カ月後、アリエフ弁護側が調査を依頼したドイツ人の著名な司法鑑定人べルンド・ブリンクマン氏(Bernd Brinkmann)は12日、18頁に及ぶ鑑定書を公表し、死体の状況が首つりによる自殺でなく、外部から息を止められた形跡があると証言し、「アリエフ氏は独房で何者かに殺された可能性が濃厚だ」と述べた。同氏によると、アリエフ氏の持ち物や写真が紛失し、死体に見られた傷跡が外部からであり、自殺説はあり得ないというのだ。
同鑑定内容が報道されると、カザフ側だけでなくオーストリアでも大きな衝撃が生まれている。なぜならば、アリエフ元大使事件の背後にはカザフ関係者ばかりか、オーストリアの与野党の政治家たちも関与していたことが分かっているからだ。
ブリンクマン氏は、「カザフ側が提出した証拠は信頼性が乏しく、裁判ではアリエフ氏は無罪となる可能性が高かった。その人物が自殺するだろうか」と疑問を呈している。オーストリア側はブリンクマン氏の鑑定書を詳細に検討し、アリエフ氏の殺人の方向で再度調査を始める意向という。
ところで、独房の囚人を誰が殺せるだろうか。まず考えられるのは、刑務所内関係者が関与したか、他の囚人の犯行の可能性が推測できる。オーストリアのメディア報道によると、アリエフ氏は同刑務所に収監されていた2人の囚人に脅迫されていたという。
音楽の都ウィーンを舞台にした「カザフ大使殺人事件」は真相解明に向けクライマックスを迎えようとしている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2016年12月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。