経済成長と伝統文化の保持が両立する広東地方

2017年01月28日 06:00

中国は多様な地方文化を持つ。概して北方は剛毅だが粗雑、南方は繊細で実際的だ。中国人は一般的に華美な牡丹を好むと思われているが、広東省佛山の花市ではあまり人気がなく、代わってもてはやされていたのが端正な胡蝶蘭だった。

案内をしてくれた友人は、地元の女性と結婚してこの地に定住している山東人だ。それだけに北方と比べた南方文化の特徴をわかりやすく説明してくれた。彼に言わせると、企業家も南方は謙虚で、地道に商売をするという。彼が設けた宴席の参加者も、目立たない服装で、さりげなく腰かけているが、話を聞くと日本企業を何社も傘下に収め、自家用飛行機を持っている経営者だったりする。いかにも金持ちだと振る舞う北方系の成金とはわけが違う。日本企業を買収しても、相手のメンツを立て、優れた技術力を学ぶ精神を忘れない、というのが彼の評だった。

ある苦労人の経営者は、しばしば日本に出かけているが、何よりも感心するのが新幹線の清掃だと話した。わずかな停車時間で、年配の清掃員がテキパキ作業をこなしていく光景が驚きなのだという。日本の多彩でレベルの高いコンビニ弁当が楽しみだという広東人もいる。北京から離れ、政治抜きで日本を見ている人たちが多いのも、南方の特徴だろう。

冬に花咲く梅は、中国人が強い精神の象徴として好む花の代表だが、亜熱帯の広東に梅の少ないこともあり、広東人は「梅(mei)」は「倒霉(dao mei)=運が悪い」を連想させると敬遠する。それよりも橘子(ミカン)の「橘」は「桔」と書かれるため、「吉利=縁起がいい」と喜ばれる。新年であちこちにミカンの木が置かれるのはそのためだ。

中国人全般から歓迎されるのは桃だ。古くから長寿の象徴と珍重され、邪気を払う効能があるともされ、「仙果」の異名を持つ。魔よけのため家門の左右に貼る赤い紙の対聯も、もとは桃の木が使われ、「桃符(とうふ)」と呼ばれていた。

陶淵明が迷い込んだのは桃林のある桃源郷だし、李白が詠んだ別天地にも桃花が登場する。

山中答俗人 李白
問余何意棲碧山  余に問う 何の意か 碧山(へきざん)に棲(す)むと
笑而不答心自閑  笑って答えず 心自から閑(かん)なり
桃花流水杳然去  桃花 流水 杳然(ようぜん)として去る
別有天地非人間 別に天地の人間(じんかん)に非ざる有り

「緑深い山奥に隠棲している。人から「なぜそんな辺鄙なところに」と聞かれても、笑って答えない。説明する必要などない。心は自然のままで落ち着いているのだ。桃の花びらが川面に浮かび、遠くまで運ばれていく。ここは俗世間とは違う別天地なのだ」

この詩境がまさに中国人にとっての理想郷なのだろう。

「桃(tao)」は、「難から逃(tao)れる」にもつながる。また、喜ばれる野菜は、市場にうずたかく積まれている生菜(レタス)だ。「生菜(sheng cai)」は「發財(fa cai)=財を成す」に通ずる。何から何まで縁起を担ぐのも、広東地方に特徴的な文化である。信仰心も篤く、春節を前に各地の寺院には参拝客が詰めかけている。

山東人の友人が語った言葉が印象的だった。

「広東は改革開放がスタートし、最も経済が発展したの土地だが、豊かになればなるほど伝統文化を大切にする気持ちも強くなっている」

経済的に豊かになるほど、文化を見直す余裕が出てくるという側面があるのだろうか。なるほどと思った。政府が盛んにアピールしている「文化の自信」よりも、庶民の生活ははるかに生き生きとしている。

今夜は大みそかの「除夕(じょせき)」。中原から逃れ、大海に漕ぎ出した苦難の記憶を持つ広東人の歴史を振り返りつつ、とり年を迎える。「鶏(ji)」年は「吉(ji)」の多い年でもある。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年1月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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