米国の新経済理論にすぐ飛びつく日本

2017年01月30日 06:00

金融政策は失敗、次は財政膨張策か

日本を振り回わすのは、トランプ新大統領ばかりではありません。米国発の金融理論の影響を受けた異次元金融緩和策が成果を上げられず、困り果てていたところ、今度は米国発の財政膨張論を賞賛する学者がでてきてきました。金融政策が手詰まりとなり、今度は財政赤字の拡大を認める根拠を探し求めているのでしょう。

米国発の経済理論は、数式に基礎を置き、コンピューターを駆使したものが少なくありません。理論は精緻で、一定の条件を置いた中では、成立するのかもしれません。実際の世の中は、多くの要素によって構成され、それぞれの要素も変化しますから、理論通りの結果が得られるのは、前提となった条件に現実が合致する時のみという弱点があります。

異次元金融緩和策もそうでした。貨幣数量説というのでしょうか、マネー(貨幣)を増やせば、物価が上がり、デフレから脱却できるという説を信じ込んだのが黒田日銀総裁であり、引きずりこまれたのが安倍首相です。円安、原油安、海外景気など、海外要因で黒田氏が置いた前提が狂ったのです。「2年で2%の消費物価上昇率を達成する」と、国民は何度も聞かされました。日銀は2年を3年に、3年を4年にと先送りし、異次元緩和論がまともに相手にされることは少なくなりました。

米国発の理論の発見、発掘

首相の経済顧問格の浜田宏一氏(米エール大名誉教授)もその信奉者でした。「でした」と過去形にしたのは、浜田氏は「どうも間違っていたようだ」と気づき、マネタリズム学説から距離を置くようになりました。日本の経済学者には、米国に主張が左右されることを仕事にしている人は多く、浜田氏はいち早く、米国の新財政理論を見つけ、月刊誌(1月)に、論文を書き、紹介するという身のこなしようです。

首相はアベノミクスが果実を生んでいると繰り返しています。実際は、その中核である異次元緩和政策は失敗であり、多くの人は批判する意味さえ感じなくなっています。さらに、首相の公約である「経済成長の果実で財政を再建する。20年度の基礎的財政収支を黒字化する」も、目標達成があやしくなってきました。

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シムズ教授(Wikipediaより:編集部)

その時を見計らったように、飛び出してきたのが浜田氏が推奨する財政理論です。「物価水準の財政理論」と称し、提唱者のシムズ米プリンストン大教授とのインタビュー記事を、日経(29日)、読売(27日)が掲載しました。政府の経済財政諮問会議が「20年度の基礎的財政収支は8兆円の赤字で、黒字化は無理」との試算を発表(26日)しました。「今後の財政健全化はどうなるのか」と皆が疑問を持つだろうタイミングです。

まるで異次元緩和論の財政版

しかも、「脱デフレは金融政策では限界。消費者物価2%目標を政府が掲げ、それまで消費増税を凍結。インフレにして、政府債務(国債)の一部を軽減する。そう政府が宣言すれば、インフレ期待が起き、実現できる」という理論です。財政を拡張しても、最後はうまくいく。本当なの。限定した条件のもとでしか成立しないのでは」と、思います。しかも、安倍政権の財政政策に好都合がいい理論です。さらに、黒田総裁による異次元金融緩和の財政版です。

シムズ氏が新理論でノーベル経済学賞を受けたのは2011年、日本では注目されていませんでした。教授が昨年8月に講演したことが切っ掛けとなり、浜田氏が「目からウロコが落ちた」と評価したのが始まりです。教授のいう「消費増税の凍結、延期」はどうでしょうか。一強政権といわれる安倍内閣ですら、消費税10%を先送りしています。首相在任中は手をつけないでしょう。教授にいわれなくても、政治判断で消費税凍結です。「インフレ期待を高める」はどうですか。黒田総裁が再三、国民にそう暗示をかけたのに、失敗しました。

「政府債務をインフレで帳消しにすると、政府が宣言する」はいかがでしょうか。インフレになったら、インフレ率分だけ政府債務(国債)が減価するのは確かだとしても、一方、国債の所有者はその分、損をします。あるいは、物価が上昇し、税収の名目値が増えるから、これを国債の返済に当てるという説明ではできます。この場合でも、国民や金融機関が所有する国債は目減りしてしまいます。政府が「これから国債の価値を落とすために、インフレを起こす」と宣言したら、支持率は急落するでしょう。政治的に無理な話です。

教授は「デフレ圧力の下では、国は借金(国債増発)をしてでも、財政を拡大すべきだ」とも主張します。安倍政権下では、すでに国債は毎年、3、40兆円も増え続け、積り積もって1000兆円に達しています。教授がやるべきだということを、日本はすでに10年、20年も続けているのに、経済はよくならないのです。日本を含め、世界経済は長期的な停滞期に入っているのです。米国がIT革命で先行したように、次世代技術の開発、新興企業の育成などで、新局面を切りひらいていくことが不可欠です。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年1月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。

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中村 仁
ジャーナリスト、元読売新聞記者

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