トランプ側に立って入国禁止の合理性を検証する

2017年02月04日 12:16

 11月16日、トランプ次期米大統領と安倍晋三首相は17日、ニューヨークで会談する。トランプ氏にとって外国首脳との直接会談は初めて。写真はニューハンプシャー州で10月撮影(2016年 ロイター/Carlo Allegri)

(写真はロイターから引用)

トランプ大統領側の視点に立って「入国禁止」のロジックを考える

トランプの入国制限について「入国禁止措置でトランプの頭がおかしくなったと思う貴方へ」というエントリーを作って投稿させて頂きました。過去記事では基本的には同時点で分かっていたこと・気が付いたことを中心に述べました。

正直に言えば、この問題について「入国禁止」という一事を持って物事を語っている有識者は、世界とトランプ政権に何が起こっているのか・これから何が起きるのか、についてほとんど何も分かっていないのではないか、と思います。

そして、それらは既に公式にオープンになっている情報からある程度推察することが可能であり、いつまでも観念論的な考察、制度的な説明、リベラルへの批判ばかりしていても、量産型ザクのような無意味な議論にしかなりません。そこで、今回の記事ではファクトに基づいてあえて物議を醸す内容をまとめてみました。

1月28日・トランプ大統領覚書「30日以内にイラク・シリアのISIS掃討作戦を作成しろ!」

1月27日の入国禁止措置で盛り上がった報道に隠れる形で、1月28日に「Presidential Memorandum Plan to Defeat the Islamic State of Iraq and Syria」という大統領覚書が公開されました。

簡単に内容をまとめると。関係機関が協力して「30日以内にイラク・シリアのISISを掃討する作戦素案を作れ!」という命令の文書です。文書内では予算付けに関する詳細な戦略を作るように指示されており、戦時国際法マニュアルの見直しを示唆する内容まで含まれています。

これはトランプ大統領による3つ目の大統領覚書となっています。

メディア上ではスティーブ・バノン首席戦略官がNSC(国家安全保障会議)の常任となり、統合参謀本部議長と国家情報長官は常任メンバーから格下げされた人事が行われたことも盛んに報道されました。この人事は2つ目の大統領覚書で行われたものであり、実は上記のISIS掃討作戦素案作りの覚書の中にはこの2つ目の人事変更を踏まえて計画を立案するべし、という趣旨の内容も盛り込まれています。

トランプ大統領はNSCを腹心で固めており、今後はスティーブ・バノン氏やマイケル・フリン氏らの対イスラム強硬派の勢力の影響力が強まることが予測されます。大統領府におけるバノン氏の側近であるセバスチャン・ゴルカ氏は著書でも「グローバル・ジハード」の脅威・対抗を述べています。

また、シリアへの地上兵力の派兵に慎重な国防総省の軍の制服組のトップがNSCから外されたことは、シリアへの地上兵力の派兵の可能性が高まったことも同時に意味しています。

ティラーソン国務長官及びマティス国防長官の議会公聴会でのISIS掃討発言

米国では各省長官の任命に際して上院で公聴会が実施されることになっており、そのやり取りの中で各長官候補の現状の施政方針について確認することが可能です。そこで、外交・安全保障を担う国務長官と国防長官の中東情勢に関する認識を確認してみましょう。

ティラーソン国務長官はISISの打倒は急務かつ最優先課題としており、アサド政権への対応はその上で検討する、と述べています。ティラーソン氏は公聴会に先立って発表した自らの姿勢方針を示す文書の中でもISISに対して非常に厳しい認識を示しています。

また、マティス国防長官は、ISISに対して現在以上に強い対応を行うべきだという意志を示し、横断的で統合された戦略が必要だと述べており、中東で軍事的な打撃を与えるとも主張しています。マティス国防長官は中東などを統括する中央軍司令官だった経歴を持つ同地域のエキスパートです。

つまり、外交・安全保障のキーパーソンがISISの打倒を優先事項として掲げていることが分かります。そして、当然ですが、上記の戦争計画素案作成を指示した大統領覚書では、国防長官・国務長官、そして関係省庁の長官がズラッと並べられて協力してプランを作ることになっています。

7か国からの入国停止を冷静に受け止める湾岸諸国、シリアへの安全地帯構想を検討するロシア

イスラム教徒がマジョリティーを占める国々からの入国禁止措置について、全てのイスラム国家が反対の姿勢を示しているわけではありません。少なくとも、サウジアラビア、クウェート、UAE、バーレーンなどの比較的親米諸国はトランプ大統領の入国禁止措置への非難に加わっていません。したがって、入国禁止を指定された諸国以外の中東のイスラム系国家の反応は比較的冷静な態度を示しています。

また、米国はサウジアラビアやロシアなどのシリア情勢に直接的に関与している国から、シリア国内に安全地帯を設ける旨について検討することに対する内諾を得ています。米国はオバマ政権時代にトルコから安全地帯構想への賛同要請を地上部隊の派兵を嫌って断ってきました。しかし、トランプ政権下では態度を一転させて同構想について積極的な姿勢を見せている状況です。トランプ政権に呼応する形でロシアがアサド政権の存続を前提として同構想への態度を軟化させてきたことは驚きましたが、両国ともにそろそろ手打ちを図る時期が来ているとも言えます。

入国禁止措置でシリア難民の受入れを無期限停止すること、米国がオバマ時代に完全に失った中東での主導権を取り戻すことに鑑み、米国にとってシリアにおける安全地帯の確保は重要な施策と言えるでしょう。

安全地帯の確保には地上兵力の投入が少なからず必要になる可能性があり、トランプ大統領は選挙期間中に2~3万人の地上兵力をISISに投入する旨を明言しています。また、トランプ大統領は就任演説でも「イスラム過激派のテロに対し世界を結束させ、地球上から完全に根絶する」と改めて述べています。(ただし、地上兵力の派兵のカードは大統領就任から現在までまだ切られていません。)

以上のように中東、特にシリア・イラクにおけるトランプ大統領の外交・安全保障に対する構想に関係各国は各々の立場で一定の協力的な反応を示しているものと思われます。

シリア・イラクで掃討されたISISはグローバル・ジハード路線に転向する可能性

冒頭で確認した通り、約30日後にISISを掃討する計画素案がトランプ大統領に提出されることはほぼ確定事項です。そして、トランプ大統領によって公約通りISISを掃討するために同計画が実行された場合、何が起きてくるのでしょうか。

現在シリア・イラクに集中しているISISが同地域から排除されたとしても、そのことは全てのISISの構成員が地球上から消滅することを意味するわけではありません。では、一体どのような状況になってしまうのでしょうか。

ISISがシリア・イラクで掃討された結果として発生する状況を示唆する有力な事例が存在しています。

それは、アル・カイーダです。アル・カイーダは9.11の時は明確な指揮系統を持った組織でしたが、米国による徹底した攻撃を受けて、数年後には同組織は国際的に分散した形態に移行する状況となってしまいました。

つまり、ISISもカリフ国家に集中されていたパワーが分散化することにより、アル・カイーダのようなグローバル・ジハード路線に転向していく可能性が極めて高いものと思います。また、ISISの構成員の中には、そのままアル・カイーダに合流する勢力も少なくないでしょう。

トランプ政権がISISをシリア・イラクで掃討し、シリア・イラクに出来上がっていたテロリストの入れ物が壊れることは世界中へのテロの拡散の引き金になる可能性があります。このことはイスラム蔑視からテロリストが生まれる云々という迂遠な話よりも遥かにテロの拡散の直接的な原因となるでしょう。

トランプ政権はグローバル・ジハードへの対応を既に強化しており、政権発足後初めて軍事行動としてイエメンのアル・カイーダ系の組織を攻撃するために実施し、トランプ大統領自らが死亡した米兵のための墓参りを行うことで国際テロ組織壊滅に向けた断固たる決意を示しました。同行動からトランプ政権のグローバル・ジハードへの対応方針が強固なものであることが伺えます。

入国禁止措置はグローバル・ジハードへの対応を意図しているものと推測

上記の通り、トランプ大統領の公約通りISISへの掃討作戦が実行されることで、その後ISISがグローバル・ジハードに転向する可能性があることを確認しました。そして、それらの転向した勢力は当然のように米国に侵入してテロを実行しようとする可能性は極めて高いです。

これらの状況を想定することで、トランプ政権の「入国禁止」措置の意図を初めて理解できるようになります。

トランプ政権はISIS掃討後の世界の環境変化を見据えているものと推測されます。昨日まで平気だったから今日も平気だと思う人はリスク管理に向いていません。

グローバル・ジハード化したISIS及びアル・カイーダ系からのテロリストの流入を防止するために、既にオバマ政権がテロリストの流入可能性が高い国としてテロリスト渡航防止法で指定していた国々からの流入を90日間停止、難民受入れも120日間停止、シリアからの難民受入れは無期限停止する、ということは必須のものでしょう。また、場合によっては同期間内で対ISISの本格的な軍事行動が実行されることも想定すべきです。(当然ですが、同措置がISISが国際的に拡散することへの対応と言えるわけがありません。)

ちなみに、同掃討作戦への関与が大きいイスラム諸国からの流入については一旦停止することも困難であり、それについてはそれらの同盟国の対応を信頼するしかないという苦しい状況となっているものと思います。

ただし、いずれは上記の緊急性の高い国々に適用された新しい基準のテロリスト流入対策が他国にも求められていくことになるでしょう。人権上の問題はあるものの、テロリスト対策として高度な生体認証システムの実装などが図られていくものと思われます。私たち日本人は米国がテロと現在進行形で戦闘を行っている国であるという前提を忘れるべきではありません。

上記の通り、大統領覚書、政権人事、テロリストの状況などを勘案した場合、トランプ政権が実行している政策は一定の一貫性・合理性を備えているものと考えることができます。

トランプ大統領の政策に対するファクト・ベースの議論の必要性

上記の内容は、筆者がトランプ政権の公約及び発足後の行動を論理的に並べて仮説を構築したものに過ぎません。もちろん、筆者の想定が間違っている可能性もありますし、同じファクトを見ても違う結論を導き出す人もいるかもしれません。

しかし、一つだけ言えることは、「観念論的な考察、制度的な説明、リベラルへの批判などの低レベルな議論」はそろそろ止めにしましょう、ということです。トランプ政権は既にスタートしており、矢継ぎ早に様々な政策が実行されている状況にあります。これらについて子細に検討した上で、その意図と実現性を推察することが求められるフェーズに突入しつつあります。

また、トランプ政権の政策は国内政策などでも複数の要素が相互作用を起こすものが多く、その内容は高度に練り上げられたものです。そのため、一つ一つの政策の妥当性を検証するのではなく、それらの政策の繋がりを意識した分析を試みる必要があります。もちろん、それは実際に政策を立案・実行する人々の顔ぶれとも複雑に絡み合っており、真っ当な分析を行うためには政策の方向性と人事情報との整合性も検討していくことも必須の作業となります。

我々はトランプ政権に対する偏見・蔑視は捨て去り、その意図・能力について捉えなおしていくべきでしょう。筆者は国内のトランプ政権に関する議論が速やかに次のレベルまで進んでくれることを願っています。

トランプ大統領就任演説
国際情勢研究会
ゴマブックス株式会社
2017-01-31

本記事の内容は所属機関とは関係なく渡瀬個人の見識に基づくものです。取材依頼や講演依頼などはyuya.watase02@gmail.comまでお願いします。

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