「トランプ時代」の始まりに際して

昨年11月ドナルド・トランプ氏が彼の大統領選で勝利を収めて直後、ユーラシア・グループのプレジデントで国際政治学者のイアン・ブレマー氏は、日経新聞のインタビュー記事冒頭で次の通り言われていました。「彼の当選は米国の指導力や自由・市場主義といった価値観を考えるうえで、旧ソ連崩壊時に匹敵する重要な出来事だ(中略)。今回の大統領選挙はパックス・アメリカーナ(米国主導の平和)に終止符を打つものだ。」

今「世界は本当に指導的な国が存在しない『Gゼロ』時代に入った」として、此の混沌極まる「トランプ時代」に各国リーダーは如何に処すべきかを考えてみると、やはりトランプ氏の皮相的・短期的な言動に振り回されることなく、物事の本質を見抜き中長期的観点を忘れないことが必要かと思います。

嘗て経済学者のロバート・トリフィン氏が指摘したように、世界全体にばら撒くドルの量というのは過大でも過少でも此の世界に危機的状況を齎すことになります。ドル基軸通貨体制とは米国の経常収支赤字により世界全体の貿易量拡大に見合うような形でのドル供給がなされる仕組みですから、基軸通貨国たる米国はある意味当該収支赤字で当然とも言えなくないでしょう。

更に言うと、総合収支とはA国とB国だけを取り出して議論する類の問題ではなく、全体として国際収支のバランスが如何なるものかといった話であり、そしてまた、変動相場制である以上そのバランスは全て為替によって調整されているわけです。勿論、片一方では世界経済に対して不安定性を与えている現在のドル基軸通貨体制の脆弱性等につき、国際通貨制度改革の在り方を今後も世界は議論して行くことにはなるでしょう。

上記「グローバルインバランス」もその一例として、トランプ氏は全く経済が分かっていない人に見受けられます。経済人のディールというのは、どちらかと言うと損得勘定に基づくもので最終的にはWin-Winで纏まることが多いです。しかし国と国との関係というのは、その何も彼もがディールで決着するようなものではなく、そこを貫いている民主主義や自由貿易といった基本的価値観を共有していなければならないのです。

あの先月20日の就任式、トランプ氏は前大統領や元大統領あるいは民主・共和両党の議員を前にして、「あまりにも長い間、わが国の首都にいる一握りの人たちが政府の恩恵を享受し、国民にツケが回された。ワシントンは繁栄しても、国民がその富を共有することはなかった」等と言い放ちました。

「自分達の懐だけを肥やし、一般大衆を貧乏にしたのは御前達だ!」と当事者に対して言って退けるのがトランプという人であり、就任後20日弱の彼の施政個別具体を挙げるまでもなく、これから後その彼に「事実をきちんと説明し」続けたところで、それはwaste of timeでありwaste of wordsかもしれません。彼が説得できるような人であったらば、ある意味大統領職に今回就くことはなかったものと思われます(笑)

此の前提認識の下、安倍政権としてはチェンジした米国を直視して例えば、「米国抜きのTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を含め、今後グローバル経済体制の中で日本はどう在るべきか」とか、あるいは「我が国を取り巻く安全保障環境の激変等を踏まえ、日米安保体制および日本国憲法に如何なる見直しが必要か」といった類の議論を建設的に重ねて行くべきでしょう。

在日米軍駐留経費の負担の在り方に関しても、先日来日されたジェームズ・マティス国防長官による「他国が見習うべきお手本」発言を以てして終わりを迎えたとは言い切れません。例えば本日もJBpressに、「マティス来日でも全然一件落着ではない防衛負担問題 トランプ大統領が問題視しているのは駐留経費だけではない」と題された記事がありましたが、本件トランプ氏が時間の問題で何らかの無理難題を日本に突き付けてくることも十二分に有り得ましょう。

日本政府にとって今一番大事なのは、何事においても大義を説きぴしっと筋を通すということです。ともかく筋を通さぬところから何も生まれてはこないわけで、米国に少し脅されたからと言って尻尾を振って付いて行くようでは御話になりません。次なる展開は、来たる日米首脳会談の結果次第です。『書経』にも「有備無患…備え有れば患い無し」とあるように、政府には様々なオプションを備えつつ常に世界情勢の変化を洞察し、我国の針路を誤る結果にならぬよう臨機応変に判断を下して頂きたいと思うものです。

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