北の海外駐在者はなぜ痩せるか ?

2017年02月20日 11:30

金正男氏殺害容疑で拘束されたリ・ジョンチョル容疑者も「痩身」だ(マレーシア警察公表画像より:編集部)

「金正男氏暗殺事件」が報道されて以来、暗殺された正男氏を改革派、開国派と見なし、北朝鮮最高指導者・金正恩朝鮮労働党委員長をその改革を阻止し、粛清を繰り返す凶悪な独裁者という色分けで報道する傾向が見られる。多分、簡単にいえば、その区分けは大きくは間違っていないのだろうが、金正男氏(45)は決して改革派の英雄でもないし、正恩氏の「新年の辞」を読めば分かるように、彼も「国民生活の向上」を忘れているわけではない。ただし、34歳の正恩氏の「国民」が貧困下に喘ぐ路上の通常の国民ではなく、かなり抽象的な主体国家の「人民」という概念が強いのではないか。

韓国「聯合ニュース」(日本語版)は19日、正男氏暗殺の主犯と受け取られている北国籍のリ・ジョンチョル容疑者(46)がマレーシア警察に逮捕され、連行される写真を掲載していた。リ容疑者の目は異様に攻撃的な光を放っていたが、かなり小柄の人物だ。マレーシア市内のマンションに住んでいるリ容疑者は通常の北国民とは違い、特権階級に属する人間の一人だろう。同氏が対外工作機関「偵察総局」に所属し、正男氏を暗殺した主犯ではないかと受け取られている。

「正男氏暗殺事件」の全容解明まで時間がかかるだろう。そこで当方が欧州で目撃してきた北の特権階級の面々のプロファイールを読者に紹介する。北の特権階級がなぜ痩せて、病持ちが多いかを理解していただけると思う。

北朝鮮ナンバー2の金永南最高人民会常任委員会委員長の末息子、金東浩氏は長身だが、やはりマレーシア警察に逮捕されたリ容疑者のようにかなり痩せていた(「北で粛清されない『男』の生き方」2013年12月20日参考)。北の大聖銀行から出向していたホ・ヨンホ氏はロンドン留学で経済学を学んだ若手エコノミストだった。北の対オーストリア債務返済を担当して活発に動いていたが、ある日、「投機に失敗した」との理由で帰国の指令を受けた。ホ氏とビジネスをしていたオーストリア人によると、「彼は処刑された」という、同氏はリ容疑者と同様、小柄で痩せていた。

ホ氏がウィーン市内のアジア食品店で「3色団子」を買っていた時、当方は偶然出くわした。ホ氏はなぜか「まずい時、まずい人間に会った」といった顔をしながら、会計を早く済ませて出ていった。店の前には同氏の公用車ベンツが停まっていた。

ホ氏は北の国民の生活を知っているから、アジア食品店で(多分、北としては贅沢な)3色団子を買っている場面を(北から見れば)批判的なジャーナリストの当方に見られたくなかったのだろう、と推測している。

ホ氏のことを書くと、同じ北のエコノミスト、金正宇(キム・ジョンウ)氏のことを思いだす。同氏は1990年代、羅津・先鋒自由経済貿易地帯を西側企業に紹介してきた北の代表的“エコノミスト”だ。その言動は北高官によくみられるぎこちなさはなく、自由だった。主体思想を“国是”とする北の国民経済は破綻したと発言して憚らなかったが、数年後、金正宇氏が自宅に数10万ドルを隠していたという汚職容疑で拘束され、処刑されたというニュースが流れてきた(「北朝鮮“エコノミスト”金正宇氏に囁き」2006年8月27日参考)。

当方が面識ある北関係者の中で最も痩せて小柄な人物はといえば、尹浩鎮(ユン・ホジン)氏だ。尹氏は核専門家だ。国際原子力機関(IAEA)担当参事官を長く務めてきた外交官だ。ウィーンを拠点にドイツなど欧州各地で核開発に必要な機材、器具を購入してきた。その後、尹氏は南川江貿易会社(ナムチョンガン、原子力総局の傘下企業で核関連機材の調達会社)の責任者となった。ドイツ企業からウラン濃縮施設で使用する遠心分離機用のアルミニウム管を密輸入しようとしたが、発覚して失敗したことがある。国連安保理の対北制裁(昨年7月)の個人制裁対象者の5人の中に入っている。同氏は小柄だが、自国の核問題を擁護する時には声を張り上げて説明したものだ。

面白いところでは、権栄緑(クォン・ヨンロク)氏がいる。金ファミリーへの調達品を工面する責任者だった。ドイツから高級車ベンツ、イタリアのヨットなどを故金正日総書記ファミリーのために調達する仕事だった。ヨット購入では事前に発覚し、オーストリア検察庁から安保理決議1718号を無視し、外国貿易法に違反したとして起訴された。ちなみに、権氏のウィーン市14区にあったアパートを訪問した時、権氏が赤いガウンを着て出てきた時はちょっとびっくりした。そこには同氏の身辺をお世話する若い女性が住んでいた。

ホ氏や金正宇氏、そしてリ容疑者は特権階級に属するが、多分中級レベルの特権階級だったとすれば、張雄(チャン・ウン)氏や駐オーストリアの金光燮(キム・グァンソプ)大使らは海外駐在の北関係者ではトップ級の特権階級に属する。

バスケットボールのナショナル選手だった張氏は2メーター以上の長身だ。張雄氏は2015年8月24日、ブルガリアの第2都市プロヴディフ市で開催された国際テコンドー連盟(ITF)総会の次期総裁選で13年間務めてきたITF会長ポストをリ・ヨンソン師範(Ri Yong Son)に譲り、自身は名誉総裁となったばかりだ。張氏は現在、国際オリンピック委員会(IOC)委員という肩書だけだ。

同氏は現在、札幌で開催中の冬季アジア大会に北の責任者の一人として参加している。彼はIOCメンバーとして世界を自由に飛び、息子のためにスイスのローザンヌのIOC本部の職員の仕事を得るなどの特権を行使してきた。同氏の口癖は「自分はスポーツ問題には答えるが、政治問題には全く関心がない」ということだ(「北の多彩な外交官、張雄氏の“苦悩”」2015年11月6日参考)。

駐オーストリアの金光燮大使についてはこのコラム欄で何度も書いてきた。故金日成主席の娘の婿になった外交官だ。それだけに、平壌の中央政界の動向に神経を使わざるを得ない。同大使は今年3月で既に24年間、オーストリアに駐在している。最長駐在外国大使の栄光を受けているが、換言すれば、駐チェコの金平一大使(故金日成主席と金聖愛夫人との間の長男)と同様、母国に帰り、ポストを手にする可能性がないからだ。金正恩氏が政権にいる限り、2人の北大使は海外に駐在し続けなければならない宿命があるわけだ。金正男氏の暗殺事件は決して他人事と傍観しているわけにはいかない立場だ。

トップの特権階級に属する海外駐在北朝鮮関係者には病持ちが少なくない。例えば、張氏は心臓病に、金光燮大使は脊髄の疾患に悩まされている。北の政治に深く関わればそれだけ病に悩まされるわけだ。

参考までに、「中国と北と正男氏を繋ぐ“謎の人物”」(2017年2月18日参考)の“謎の人物”も痩せている。胃腸が弱く、薬を常に飲んでいた。北の中堅エリートはその職務でストレスに陥り、痩せる一方、トップ級の北関係者は病に罹るわけだ。

以上、海外駐在の北の特権階級の面々を簡単に紹介した。これを読めば、誰が北の特権階級に入りたいと思うだろうか。暗殺された正男氏もそれを知っていたから平壌の中央政界からは常に距離を置いていたのだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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