マレーシアからの情報によると、金正男氏暗殺事件では青酸カリより数倍毒性の強い毒薬が使用された可能性があるという。冷戦時代を取材してきたジャーナリストならば、東欧共産党政権が傘の先に毒物を塗り、反体制派活動家を暗殺したケースを思い出すだろう。その意味で、毒物を利用した暗殺は珍しくなく、古典的な暗殺方法といえる。
拘束されたベトナム人女性が毒物入りの瓶をカバンに持っていたというから暗殺意図は明確だが、拘束された2人の女性と1人の男性からは北朝鮮工作員らしさがあまり感じられない。21世紀の北工作員は冷戦時代に訓練された北工作員とは異なるのだろうか。或いは金正男氏暗殺事件の主犯は北ではないのかもしれない(「『正男氏暗殺』の主犯は本当に北側か」2017年2月17日参考)。
事件の真相はマレーシア警察当局の今後の捜査を待たなければならないだろう。そこで中国と北朝鮮に繋がり、生前の正男氏の連絡役的な人物について、読者に報告する。全ては紹介できないことを先ず、断っておく。ここでは匿名で「O氏」と呼ぶ。
「正男氏が欧州に来る時は事前にO氏に連絡する」という。そのO氏は「正恩氏が北朝鮮最高責任者となって以来、正男氏からの電話は減った」と述べていた。ただし、「正男氏は平壌に帰国できない」という日韓メディアの報道に対しては、「正男氏は平壌に戻ることができるし、実際、数回帰国している」と指摘していた。
パリから心臓外科医など専門医を平壌に派遣する時、正男氏が動くことがあった。専門医の選出からその経費まで正男氏が賄うという。正男氏はパリでは最高級ホテル「リッツ」に宿泊し、タクシーでパリからウィーンまで移動したこともある。正男氏は故金正日総書記の海外資産(推定約40億ドル)のかなりを管理していたはずだ。その正男氏の海外資産の実質的管理人は0氏だった。
正男氏が暗殺された今日、O氏も危なくなるはずだ。実際、正男氏を生前、後継者に担ぎ出そうとした張成沢元国防副委員長が金正恩氏によって処刑された直後、正男氏だけではなく、O氏の周辺にも緊迫感があったからだ。
実際、O氏は突然、活動の主要拠点を移動した。一時期、O氏の身辺が危ないと懸念してきた当方はO氏の行方を追った。しかし、それは取り越し苦労だった。O氏は現在、欧州の北朝鮮大使館に身を潜めている。
とすれば、O氏は処刑された張氏、暗殺された正男氏に仕える人物ではなかったのかもしれない。張氏と金正男氏が処分されたならば、O氏の身辺も危なくなると考えるのが通常だが、実際はそうではなかったからだ。
その謎を解き明かしてくれる2つの事実がある。O氏には中国名があること、そして夫人は金ファミリーの遠縁にあたる女性だという2点だ。O氏は正男氏の欧州での連絡役だったが、同時に中国側とも密接に繋がっていたはずだ。それだけではない。正恩氏がO氏に手を出せないのは、O氏が北と北京との重要なパイプ役的役割を果たしているからではないか。O氏が中国人だとすれば、正恩氏は正男氏や張氏に手を出すことが出来てもO氏には手を出せない。
まとめておく。O氏は金ファミリーの遠縁の女性と結婚し、正男氏の海外資産を管理する一方、平壌指導部と北京の間を取持つ役割も果たしていることになる。正男氏が暗殺された現在、O氏が管理してきた正男氏の海外資産は正恩氏に渡るとみて間違いないだろう。ひょっとしたら、既に正恩氏の口座に移動しているかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。