筆者が石油開発会社に勤務していたころ「ブラジル沖合のプレソルト層に石油ガスが多量に胚胎している可能性がある」と興奮しながら説明してくれた地質技術者がいた。彼は地図を広げて「アフリカをグイっと引っ張ってくると、南米とぴったり重なるでしょ。この二つの大陸は、その昔は地続きだったんです。だから、アンゴラの沖合と同じように、南米の東部沖合は石油ガスを大量に胚胎している可能性が高いんですよ!」
技術音痴の筆者は、母乳を試飲してみる石油工学技術者(2014年12月20日付弊ブログ#293「日経『米国務長官職を掘り当てた男』」最後の「岩瀬統計」参照)と、想像力を大切にする地質技術者とは確かに違うな、とおかしな感慨を持ったものだ。
その後の展開は見事で、ブラジル沖のプレソルト層には競争力のある大量の石油ガスを胚胎していることが証明された。2015年春にシェルがBGを買収して得た重要な資産の一つがブラジル沖合の権益だった。さらに近年になって、南米東北部のガイアナやスリナム沖合が脚光を浴びている。
きょう紹介するのは、ExxonMobil(エクソン)がガイアナ沖合で大規模の油ガス田を発見したが、それがベネズエラとの新たな紛争の種となっている、というFTのニュースだ。原題は “Guyana oil prospects stir friction between Venezuela and ExxonMobil” (around 17:00 on March 20, 2017 Tokyo time)で、サブタイトルは “Contention wells said to be located in disputed waters” となっている。
・石油業界に興奮をもたらしたエクソンの大発見により、ガイアナが沖合油田の可能性が高い地域として脚光を浴びている。だが同時に、低油価と生産量の減少も一因となって経済危機に苦しめられている隣国ベネズエラとの緊張が高まっている。これは、2007年に当時の故チャベス大統領により接収された(水より重いオリノコ重質原油を通常の原油に品質改良する精製)プロジェクトの補償金を巡って10年間法的に争っているエクソンとベネズエラ政府の新たな紛争でもある、
・エクソンは2015年に掘削を開始し、沖合約120マイル(約190KM)の深海(深度200メートルほどの大陸棚以遠)で石油換算14~20億バレルの回収可能な石油ガスを発見した。当該Stabroek鉱区のノンオペ・パートナーであるHessのジョン・ヘス社長は、さらなる発見により「数十億バレルの可能性」があるとFTに語った。
・然しながらベネズエラは、ガイアナ領海が3分の2を占めるStabroek鉱区を含むEssequibo地域の領有権を主張している。本件は、領有権を巡って30年以上前に英国と戦争になったアルゼンチンのフォークランド諸島と同様、ベネズエラ民衆にとっては神経質な(sensitive)な問題だ。アントニオ・グテーレス国連事務総長は2月、本件仲介のため、コロンビア和平で成功をおさめたノルウエーの外交官Dag Halvor Nylanderを自らの代理人(personal representative)として指名した。
・(有数の石油技術調査会社)Wood Mackenzieの探鉱調査担当VPのAndrew Lathamによれば、ガイアナ沖合は、西アフリカのモーリタニアやセネガル沖合、地中海の東部沖合(エジプト、イスラエル等)と並ぶ三大新興石油ガス発見地域だ。ガイアナ、スリナム海岸の地質は、おおよそ1億3,000年前の中生代白亜紀までは連なっていた石油資源の豊富なアフリカ西部のものと類似している。
・エクソンは、今年中にはRiza地域開発へのFID(最終投資決断)を行い、2020年からの生産開始を企図しているものとみられている。
・ベネズエラ政府は先週、国境紛争に関する1966年のジュネーブ協定に基づく訴えを起こした。
・ベネズエラの野党議員で国会のエネルギー石油委員会の副委員長であるElias Mattaは、エクソンが掘削した坑井のいくつかは紛争水域にある疑念があるとし、エクソンとガイアナ政府は問題が解決するまで掘削作業を中断すべきだ、としている。エクソンは、Liza掘削坑井は、ベネズエラが(領有を)主張している地域からもっとも遠い、同鉱区の東に位置している、と声明の中で述べている。
・Lizaからの収入だけでも人口77万人のガイアナにとっては大きな違いをもたらす。さらに、もっと多くのものが発見される可能性があり「これだけの規模のものが発見されたら、将来さらに発見されないことは通常はない」とLatham氏はいう。
・他の国際石油会社も、ここに連なる地域の掘削を行っている。スペインのRepsolは英国のTullow Oilと共にガイアナの探鉱鉱区を保有しており、Tullowは、ノルウエーのスタットオイルや米国のノーブルと組んで(ガイアナの南の)スリナムで掘削を行っている。米国のKosmosは、シェブロンやHessと組み、スリナムでの地質調査を行っている。
筆者が知る石油開発業界の思考・行動パターンと、FT記事に掲載されている地図を見る限り、ベネズエラ政府のクレームは国内世論対策以上のものではないだろう。
デマンド・ピーク・オイル論が議論されている昨今、最大のポイントは如何にして生産コストの安い、競争力のある石油ガス資産を手中に収めるかだから、ベネズエラの苦境はいましばらく続くのだろうな。
編集部より:この記事は「岩瀬昇のエネルギーブログ」2017年3月21日のブログより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はこちらをご覧ください。