2019年に日本で開催されるラグビーW杯。その組織委員会が経営人材の公募を始めるにあたり、転職を検討する人たち向けのキャリアセミナーが24日夜、東京・渋谷で開催され、約30人が参加。私も転職を考えて…というのは冗談で、取材に行ってきたのだが、改めて面白すぎることが起きようとしていると感じた。以下、宣伝記事みたいになりそうと自覚しつつも(苦笑)、野球記者時代からスポーツビジネス業界の動向をウォッチしてきた私なりに事実ベースで虚心坦懐に書いてみよう。
あの名門商社マンたちがラグビー界に入ってきた市場背景
セミナーには、組織委で企画局長と法務部長を務める田中輝夫さんと、プロジェクトマネジメントや採用・人事戦略を担当する中田宙志さんが登壇。田中さんは、日本興業銀行出身で、楽天の三木谷浩史会長の5年先輩。複数の外資系金融機関を渡り歩いた法務のスペシャリスト。一方の中田さんは31歳の気鋭の元商社マン。大学卒業後は三井物産でインフラや海外での発電所案件などを担当していたといい、ともに2年前に組織委に異業種から転職してきた。メインセッションでは、組織委が公募で使うビズリーチの南壮一郎社長も登壇し、楽天球団創業メンバーとしての経験談も交えて今回の案件の意義を語り合った。
写真の通り、中田さんは体格がいいので、案の定、学生時代に下部リーグとはいえ、ラグビーのプレー経験があるのだが、むしろ興味深いのは、中田さんも含めて、日本を代表する超一流の大企業のキャリアを投げ打って、スポーツビジネスに飛び込む人が増えている動きだ。実はいま日本のスポーツビジネス業界は、成熟国家にあって数少ない「IoTやAIと並ぶ成長産業」(中田さん)。経産省、スポーツ庁も2025年までの10数年で、市場規模が3倍の15兆円にまで拡大すると期待を寄せており、地方創生の一環で、プロ野球16球団を拡大する構想も取りざたされている。
まあ、国の経済試算はいい加減なところもあるので、半信半疑だとしても(苦笑)、2020年のオリンピック開催後も、サッカー界では女子サッカーのW杯招致構想が再燃するとみられている。国策のコンテンツビジネスとして、スポーツ業界を拡大させようとする方向性自体に間違いはない。そうなると、当然のことながら担い手が必要になる。
今回のラグビー招致委の募集職種は、マーケティングやチケットセールス、デジタル戦略などのプロフェショナルだが、プロ野球ですら親会社の支援におんぶに抱っこという時代でなくなったスポーツ業界において、事業体として自律させることができる人材は、まさに経営ノウハウを持った人間が不可欠になる。かつては縁故採用中心でクローズな印象のある業界だったが、転職サイトを使うケースも近年増えてきたあたり、成長産業への人材流入のトレンドの強さ、隔世の感を思う。
有期雇用の不安を上回る歴史的経験
しかし、今回のラグビーW杯への転職は、これまでの事例と決定的に違うことがある。大会は2019年9月から11月までの開催。残務処理で年を越す仕事があるにしても、プロジェクトが終了すれば、組織委は役目を終え、次の仕事を探さねばならなくなる。特に大企業で仕事をしている人間からすれば、スポーツビジネスに興味を持っても、日本企業の終身雇用文化になじんでいるなら応募しづらいのではないか、という疑問はわく。
そのあたりは、南さんもトークセッションで2人に「自分が楽天球団に入った時も一応長期雇用だったが、お二人に不安はなかったか」と突っ込んでいた。田中さんは10年以上、外資を渡り歩き、中田さんも将来的な起業を視野に入れているだけあって、ともに「不安はなかった」というが、面白かったのは田中さんの言葉だ。「明治維新や高度成長期はこんな感じだったのでは」という心境だという。
田中さんによると、「世界の人口70億のうち、そのうち60%がアジア。(国際競技団体の)ワールドラグビーとしてもアジアを攻めていこうとしている」という潮流があり、アジア最多の競技人口を持つ日本はその中で有望市場と評価されていることが確信を支えている。
たしかに有期雇用の不安はある。しかし、W杯の運営組織の中枢で仕事ができるチャンスは、一生に一度あるかないかということには間違いない。南さんもかつて楽天創業メンバーとして50年ぶりの新球団立ち上げ、いまのネットスラング的にいえば、まさに歴史的“爆誕”プロジェクトに関わった経験から、共通項を見出していたが、「普通のビジネスパーソンだった自分たちが劇薬を呑んで覚醒させられた」と振り返る。南さんなんか担当のイベント企画だけでなく、外国人選手の契約書をゼロから作成する業務までなんでもこなしたっけ。
楽天球団の創業メンバーは、元トップの島田亨さん(インテリジェンス創業メンバー)や、現ヤフー執行役員の“オザーン”こと、小澤隆生さんらの根っからの起業家もいた一方で、南さんや、のちに弁当サービスの新鋭、スターフェスティバルを起業した岸田祐介さんなど、従業員として働いた経験を経て、起業やベンチャー参画した人は多い。「日本中に注目されるプレッシャーの中で絶対に失敗できないプロジェクトを経験した」(南さん)ことがまさに促成栽培の一番の要因だったようで、これが国際大会の組織委となれば、なおさらだろう。
大企業出身者の修行の場に向いている⁈
そういえば、「#アゴラジオ」の第1回で、大企業を辞める人材のスキルアップについて話題になり、宇佐美典也さんが「自分は役所を辞めた後、いきなり独立して苦労した。一度、ベンチャーに参画しておいた方が良かった」と振り返っていたが、縦割り型で、若い時は雑用しかさせてもらえない、伝統的な日本の大企業社員が将来的な独立を志すなら、ベンチャー的な仕事場で視野を広げ、スキルを増やす機会を得てからでもといいかもしれない。実際、私の大学時代の同窓生で、いまシェアリングエコノミー業界の旗手となっているスペースマーケットの重松大輔社長も、新卒で入ったNTT東日本を辞めた後、元同期が起業したベンチャーで経験を積んでから独立した。
(その辺の話は、「アゴラ・キャリアサロン」でも討論するはずなので、よろしくね)。
その点、ラグビーW杯のようにプロジェクトベースで、それも歴史的な「お祭り」に関わった経験があれば、ビジネスパーソンとしての経歴上の看板も市場価値も得られる可能性はあるだろう。「こんなにすごい“ビジネススクール”はないですよ」と中田さん。選手たちと同様に、世界の舞台で“鍛えられた”メンバーは、また各方面から引っ張りだこになるのは容易に想像がつく。だから「不安がない」と言い切れるのも当然かな(笑)。
中田さん自身は将来的に起業をするか、日本人の存在感が薄くなった、国際的なラグビー組織での仕事のいずれかを考えているようだが、W杯の裏方で活躍したビジネスパーソンが、2020年以降、かつての楽天球団創業メンバーのように各方面で活躍する未来を予感して、非常に興味深く感じた次第だった。
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なお、楽天球団の創業記については「原点ノート」という球団の公式ドキュメンタリー本で大筋が掴めるのだが、残念ながら絶版状態。代わりに南さんのデビュー書籍を読めば、球団を爆誕させたプロジェクトでどう覚醒していったかが、わかると思います。
アゴラ関係では、逆に失敗話を。大組織を勢いだけで辞めるとこうなってしまうので戦略的に立ち回ってから辞めましょうね、という教訓ストーリーはこちらの2冊です。