加計学園問題を「地政学」で考える --- 山城 良雄

岡山理科大の完成予想図より(編集部)

最初にクイズを、近畿以西で一番高い山はどこか・・・正解は愛媛県の石鎚山。
意外かも知れんが四国は西日本きっての山国や。リアス式海岸特有の細長い半島の先々にまで山脈が続き、間に中小の平野が点在している。伊豆半島や紀伊半島がそのまま離島になったイメージやな。

温和で、風光明媚。住みやすいけれど、何をするにも交通がネックになる。隣町まで行くのに、「天城声越え」で演歌の世界か「岬めぐり」でフォークソングの世界。どのみち、古い昭和の歌が似合う場所や。

さて、今話題の加計学園(「かけい」違うで「かけ」やで)の話。高校野球で有名な岡山理科大学の獣医学部。愛媛県今治市に学年定員160名で開学予定やそうな。場所は、四国から瀬戸内海に出っ張る2つのコブのうち西のコブの先端、今治市や。しまなみ海道の出口というのが分かりやすい。市内での詳しい場所は意外なほど報道されていない。しまなみ街道東側一帯の丘陵地帯。朝日新聞デジタルのまとめ記事があるぐらいや。

詳しい緯度経度を書いても、ICBMを使い慣れた人以外は不便やろうから、グーグルなんかで使える検索キーワードを示しておく。「今治市、いこいの丘」や。興味のある向きは自分でいろいろ検索してみると面白いで。

最寄りの今治駅から北西へ2km弱、高低差を考えたら徒歩30分でもきつい。
後半の800mは40mほどの急な登りとなっているから、自転車通学も酷過。バス路線もない。天候や治安を考えたら、大学がスクールバスを運行するよりない。

さて、その今治駅。「駅探」によれば、普通列車は上下線とも1時間にほぼ1本。県内両隣の大都市、松山や新居浜まで小一時間はかかる。結局、1時間目の授業に最適なのは上下各1本しかない。必修科目の多い理系学部の場合、電車通学生の大部分がその列車から降りてくるやろう。たとえピストン輸送しても、その時間帯だけのためにスクールバスが2~3台必要になる。首都圏や近畿圏の「最寄り駅2km」とは意味が全然違う。

と、ここまで書いて気がついたが、その心配はあまりなさそうや。

進学ネットによれば、2015年度の愛媛県の大学進学者数は、5580人でそのうち3分の2以上が県外に出て行く。もともと若者が少なすぎるし、さらに減っている。

県内進学の高校生は一学年約1800人。松山には学年定員1000を越える愛媛大を含めて、そこそこの規模の大学がいくつかある。よって、加計学園への、県内からの通学者は、多くても1学年50名というところや。実際、キャンパスの南西1Kmほどにあり、平地かつバス便の良い今治明徳短大(現状で市内唯一の大学)でも、大学ポートレートによれば2016年度の入学者数は定員の4分の1で75名、しかもここ数年減少傾向にある。

獣医学科の専門性や四年制であることを考えたら、一概に比較はできんが、「自宅外通学を親が許さない」地元の箱入り娘の大量入学は、当てにはできんと分かる。

当然ながら、自宅外生が頼りや。寮を充実させるか、近隣徒歩圏に下宿を大量誘致しない限り、160名の定員充足は難しい。しかし、こうした陸の孤島じみた閉鎖環境では、普通の大学生活は不可能や。

たとえば、部活。運動部が対外試合をするには相手探しに一苦労。ちょっとした大会に出ようものなら、一人当たり何万円の出費や。演劇・音楽などのステージ系。バンドなんぞは特に地元のイベントでは人気者になれるが、果たして、そういう活動だけで満足できるかどうか。ライブは聴くのも出るのも、数万仕事や。

逆に充実しそうなのはアウトドア関係やな。マリンスポーツや登山、トレッキング。海も山も両方いける環境は貴重や。自転車やモータースポーツも悪くない。一言で言えば、楽しむには相応の金がいるということや。なにしろ、リゾートの中に大学があるようなものやからな。

日常生活にも結構金がいる。どこへ行くにも車かバイク。生活用品も高い。愛媛県に赴任してたワシの親戚がたまたま何人かいたが、みな大阪へ帰省した帰りは、シャンプーや洗剤を爆買いしていた。地方の物価が安いというのは、都会人の錯覚にすぎん。

もっと困るのがアルバイトや。地元の若者やパートさんたちと競合するし、当然、時給は安い。下手をすると職場までの交通費で、稼ぎの大半が飛んでしまう。

結局、かなりの金持ち学生以外は、楽しむどころやない環境ということになる。
普通の家庭出身で遊びたい盛りの若者は、この学部は敬遠するのが正解や。

逆に、「4年間修行して立派な獣医になり、親孝行します」という苦学生タイプは、畜産の現場からも他大学の研究拠点からも遠い今治に、わざわざ来る理由というものがない。専門書ひとつとっても入手しにくいし、授業でも専門以外の科目は、あまり開講されていない。

ちなみに、専任教員にも同じ問題がある。国内の学会に数回出たら、1年分の個人研究費が消えるようなら、若手教員の選択肢は、サボって定年まで居座るか、さっさと逃げ出すかの二択や。さらに、多くの弱小私学がやってるように、学生集めや就活の手伝いまでさせたら、優秀な研究者が定着する訳がない。

以上まとめれば、この学部。確かに特区としての可能性はあるが、それにも増して問題山積みのスタートということになる。只でさえ少子化が進む日本、はじめの数年で芽が出なかったら、挽回はさらに難しくなる。

あえて言うが、安倍総理が設立を支持するなら、行政の中立性になどにこだわらず、とことん面倒を見るべきや。研究機関としてでも教育機関としてでも成功すれば、関係者一同がハッピーなのだから、野党やメディアに文句を言われる筋合いはない。

逆に、数年で経営が立ち行かなくなり、キャンパスごと巨大廃墟になったり、自治体に経営移管したりすることになったら、地元の迷惑は計り知れん。初めから何もない方がよほどマシや。ホンマ困った話やで。

ヨハネス 山城
通りがかりのサイエンティスト