ヤマハ対JASRACから考える知財の抱える矛盾

ヤマハ音楽教室らがJASRACを提訴しました。「著作物使用料の支払義務がないことの確認を求める」という債務不存在確認訴訟でしょう。個人的にはかなり驚いています。というのは、通常は「支払いを求める」という権利を実現したいJASRAC側が提訴するのが一般的ですから。

金銭の貸し借りを例にあげれば分かりやすいでしょう。借り手が借金を返さない時、訴訟を提起して返済を求めるのは、通常貸し手の方ですよね。そのまま何らアクションを起こさないと、最悪の場合、権利が時効消滅してしまいます。借り手としては逃げまくって、あわよくば時効になれば儲けものです。

債務不存在確認訴訟は、身近な例だと、暴力金融などが法外な金銭的請求を執拗に行って被害者が困っているようなケースや、交通事故の保険会社が(話し合いのつかない)被害者との間の賠償金額を確定してもらうために用いられることが多いのです。

黙っていれば支払いを免れているヤマハ側が敢えて提訴に踏み切ったのは、よほど勝訴の自信があるからなのでしょう。敗訴したら支払い義務が生じるので(JASRAC側が「使用料を支払え」という反訴を提起するのは目に見えています)、藪蛇という最悪の状況に置かれてしまいますから。

本件で問題となっている著作権や特許権という知的財産権を保護するに当たっては、常にジレンマが伴います。

発明や著作物を誰もが利用できるようになれば、利用者の利益は高まります。特許の切れたジェネリック薬が安価であることがその証拠です。

他方、発明や著作物を全く保護しないと、新発明をしたり新著作物を作るインセンティブがなくなってしまいます。製薬会社は莫大な研究費を投じて新薬を開発しているので、もし保護されないなら、研究開発は行なえません。著作物も同じです。素晴らしい曲を作ってもお金にならないのでは音楽家は生活できません。仕事として作曲をする人がいなくなってしまいます。

このように、新たな知的財産権創出のインセンティブをできるだけ減らさないようにしつつ、その恩恵を広く社会に開放していくという”さじ加減”が重要になってくるのです。

そこで考えられたのが、権利の保護期間というものです。一定期間が過ぎれば知的財産の権利保護がなくなるという制度です。特許権などは陳腐化することが多いせいか、保護期間である20年の半分以下(9.4年くらい)で権利者による自発的な「取り下げ」が行われています。著作権の保護期間は原則として著作者の死後50年で、特許権と異なり自発的な「取り下げ」は聞いたことがありません。

このように、新しい発明や著作物という知的財産が次々と生み出されるという利益(権利保護を強くする方向)と、生み出された知的財産を使用する利益(権利保護を弱くする方向)の対立があり、それを調和させるために保護期間が設けられているのです。

ネットの普及によって、違法ダウンロードや海賊版が広く流布している昨今の状況を考えると、個人的には権利保護の方向性が望ましのではないかと考えています。違法行為は”手を変え品を変え”発生しており、取り締まりは後手後手に回っているのが現状でしょう。

ブロックチェーン技術が導入されれば、履歴(チェーン)によって末端の使用に至るまでのプロセスを正しく把握することができるようになり、権利者の正当な利益が守られるようになると言われています。それが実現するまでの間は、創作者の受難は続きそうです。

ともあれ、今回の著作権を巡る法廷闘争。どのように推移するのか大いに興味を持っています。

荘司 雅彦
2017-03-16

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年6月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。