脱サラからの4年半を構造的に振り返る(後編)

2017年06月16日 06:00

ども宇佐美です。
今回は週末のキャリアサロンを控えて前回の続きで脱サラからの4年半の後半を振り返っていきます。

好不調図

さて今回もこのグラフに沿って「③浮上期」以降についてまとめようと思うのですが、このグラフについては脱サラを体験されたかなりの方が「あ〜これ超分かる」的な反応をくださり、やはり脱サラというのはある程度体系化できるのではないかと感じた次第です。あと前回1年で今回が3年と期間が随分異なるわけですが、脱サラ直後の1年とその後の3年弱は、自分の中では同じくらいの重み/濃さなのですよね。それくらい経産省をやめた直後は辛かったのだと思います。では本題。

3.浮上期前半(2013.8~2014.12)〜ブロガーからの脱出

さて前回述べた通り経済産業省退職後の一年間程度は全く浮かばれる予兆がないまま地べたを這いずり回りブログを更新して名を売っている時期だったのだが、この頃になるとBlogosやagoraや2chまとめのおかげもありブロガーとしてそれなりにネット界隈では名が知れてくるようになる。自分自身のblogは多い月には、月間100万PV近くいくこともあった。

やはり当たり前のことだが知名度と問い合わせ数には比例関係があるようで、この頃になると一週間に2〜3度は外部から問い合わせがくるようになった。大抵はなんの発展もなく飯を食って終わりだったのだが、その中で「太陽光発電業界への参入を検討しているのだが、制度を教えて欲しい。元経済産業省の官僚なら少しは分かるだろう」という趣旨の問い合わせがあり、これが私の浮上のきっかけになった。転機は突然来る。

実際のところ当時私はほとんど固定価格買取制度の内容をわかっていなくて、当初は依頼主の期待にそれほど答えることができなかったのだが、一応元官僚なので制度を読み解く力はあり、また業界の景気の良さを体感して「ここならば自分でもやっていけるかも知れない」と思いこのフィールドでしばらく勝負しようと決めた。それまでの経験で自分が独りで何かを生み出すような才能も人徳もないことを痛感していたので、「結局のところ凡人は自分で物を考えるより、土地勘のある場所で、社会の大きな流れにのった方が得策である」と考え方を明確に変えたのもこの頃だった。

こうして太陽光発電市場で張り続けるうちに、私のことを珍しがって可愛がってくれる経営者の方が何人か現れ「コンサル料金という名の小遣い」をくれるようになった。当時自分にお金を払ってくれた方々は、私の実力ではなく将来性を買ってくれたのに間違いなく、ちゃんと成長してそのご恩を返さなければいけないと思っている。

この時期はそうしてパトロンの方々にぶら下がって人生を指南してもらいながら、太陽光業界や政治関係やメディア業界の人脈を少しづつ広げていって色々な経験をさせてもらった。特に田母神さんの都知事選に参加して追放されて、家入さんや高木新平くん達と交れた時期はとても思い出深く楽しかった。そしてこの時期から徐々にブログからリアルな人間関係に生活の中心が移って来るようになる。

2014年になると太陽光業界で知り合った仲間と小さな会社を作って、一人を脱して会社でメガソーラーの電源開発と仲介をやるようになった。これは狙いが明確だったので、初めから比較的うまくいって、2014年の年末に初めて高圧案件の取引に成功し、数千万円規模の利益が上がった。不思議なものでこの時は必死で実感がなかったが、結婚したのも、「肩書き捨てたら地獄だった」という本を書いて一瞬ながらも新書部門でamazon1位をとったのもこの時期で、今振り返ると「あの時期底から抜け出したんだな」と今更になってじんわり嬉しさが湧いて来る

4.浮上期後半〜再転落期(2015.1~2016.12)

2015年は太陽光発電業界のバブルがまだ弾けきっていない時期だったので、この年は複数案件の取引に成功してそれなりに利益が上がってなかなかいい時期だったが、逆にあまり書くことがなくて困る。振り返ってみると本業が儲かっているうちに新しいことを試してみようと色々と知らないことに手を出して、なかなか上手くいかず、無為に時間を過ごしていたように思える。悪い癖が治ってなかった。。。こうした緩んだ行動で後述するように痛い目にあうことになるのだが、他方でこの時仕込んだ芽が今になって仕事にようやく繋がってきてもいるし、なにせ自分の世界が広がったので強ち全てが無駄だったわけではないとは思う。

ただ総じて言えばやはり時間と金の使い方を間違えていたというところで、儲かったお金を本業をもっと強化する方向に使うべきだったと後悔している。結局のところ付け焼き刃ではなにも上手くいかず、2016年に入ると投資した案件が会社でも個人でも大きく焦げ付き始め泥沼かしてくる。あまり詳細は言えないのだが、案件概要は以下の通りである。

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・一つは農産物の大量生産に関する投資で、大量生産には成功したものの肝心の流通に失敗して在庫を大量に(数百トン)腐らせることになり、その処理に現地に入り半年ほど現場を指揮することになる。人生で初めて作業着を着て文字通り土と重機に塗れる毎日で、これはこれで商売の原点を知る上でも、また追い詰められた人間の醜さ・面白さというものを知る上でも非常に勉強になり楽しかったのだが、溶け続けるお金とドロドロの人間関係の中で、ものすごいストレスに苦しみ「事業に失敗する」ということを学ぶ。ただ最終的には損切りと事業再生と雇用維持に概ね成功する。

・もう一つは個人で投資していた公共工事案件で高校の先輩に頭を下げられて断りづらかったので「ま〜取りっぱぐれはなさそうだし、大損することはないか」とお金を貸したら、現場でリースしていた重機を作業員が倒して壊れ仕事ができなくなり、むしろその保証で赤字が出ることになり○百万円焦げ付く。
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こうした過程であまりのストレスに「食堂裂孔ヘルニア」という病気が悪化し、腸が胸に脱腸して一時期健康を崩す。この症状はだいぶ良くなったが、まだ完治しておらず、「とにかく健康が一番大事」ということを身を以て学んだ。結局のところこの再転落期は短期間で儲かったあぶく銭が不案内な領域に投資したことでほぼ消えたということなのだが、これはこれで改めて「他人の褌で勝負してはいけない」ということを身を以て知るいい勉強になったと思っている。

5.再出発期(2017.1〜)

再転落期の苦難の時期を抜けて、2017年に入りもう一度初心に戻って独りでやり直そうと仲間との会社を離れて現在に至る。

・・・という具合でした。事情があり詳細は語れませんでしたが、なかなか我ながら失敗だらけの波乱万丈の脱サラ4年半だったと思います。この過程で色々学んだこともあったのでキャリアサロンの場では、私のような破綻したキャリア(笑)を送らずに済むために、具体的なフィードバックができればと思っています。

参加する方はお楽しみに。

ではでは今回はこの辺で。


編集部より:このブログは「宇佐美典也のblog」2017年6月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は宇佐美典也のblogをご覧ください。

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