勇気ある内部告発者とは前川元次官ではなく一色正春氏のことだ --- 山田 高明

寄稿

「sengoku38 コピー転載 流出尖閣衝突ビデオ4」より。中国漁船が海上保安庁巡視船に体当たりした瞬間。

前川元事務次官を「勇気ある内部告発者」として持ち上げるメディアや人々がいる。関口宏の『サンデーモーニング』は酷かった。それで言わずにはおれなくなった。

私はこの問題に関しては門外漢だが、これまでの情報を総合すると、前川氏は私怨と省益に基づいて逆襲に出たように思える。自身の古巣内の様々な利権やしがらみについても徹底的に告発しない限り、公益のために安倍政権を告発したという理屈を真に受けることはできない。だいたい質量とも、そちらのほうが告発しがいがあるはずだ。

前川氏の“勇気”が何を動機とするのかともかく、そう称える人々は、真の勇気のあった、しかも時の権力から不当な仕打ちを受けた人物を都合よく忘れていないか。

元海上保安官の一色正春氏のことである。

真相を隠蔽しようとした民主党政権に立ち向かった一人の海上保安官

2010年9月の「尖閣諸島中国漁船衝突事件」をご記憶だろうか。同諸島の日本領海を侵犯した中国漁船が、それを取り締まる海上保安庁の巡視船に体当たりした事件だ。

当時は民主党政権。海保は漁船の船長を逮捕し、衝突の記録映像も公開予定だった。ところが、菅直人総理と仙谷由人官房長官らが司法に介入し、刑事犯の船長を釈放帰国させた上、証拠となる録画をなぜか機密指定した。そして一部議員にのみ公開。

この映像を見た社民党の福島みずほ党首は、「まあ、コツンじゃないけど、とにかく当てて逃げるという印象」などと語った。要するに“たいしたことはない”だ。

TBSテレビより

菅政権は中国にろくに抗議もせず、逆に他国の領海を侵犯した中国側が「何かも日本が悪い、尖閣諸島は元から中国のものだ」などと悪罵する始末。

当時、私たち市民は事の真相が知りたくて、情報公開を希求した。ところが、権力者は秘密主義に徹した。なぜ海保の録画は公共財産なのに隠蔽するのか疑問だった。

同年11月4日、突如、ユーチューブにその録画が投稿された。流出させたのがsengoku38こと海上保安官の一色正春氏だった。しばらくして彼は自ら名乗り出た。

彼がリークした理由は、民主党政権によって真相が闇に葬られることを恐れたからだった。彼はのちにインタビューで次のように心境を語った。

「自分としてやらなければいけないことをやった」

「一日本人、一国民として、やるべきことをやった」

私たちは一色氏のおかげで、民主党政権が海保に圧力をかけて隠蔽しようとした真実を知ることができた。リーク映像には、中国漁船が違法操業の網を引き上げた直後、急発進して、わざと巡視船のほうに船首を向けて体当たりした様子が記録されている。

(sengoku38 コピー転載 流出尖閣衝突ビデオ4)

見ての通り、中国漁船は巡視船の「横腹」を狙ってほぼ直角で体当たりしたのだ。図体の規模が違うので巡視船は無事だったが、通常こういうやり方は相手船の破壊・転覆を意図した行為だ。明らかに中国にとって都合の悪い証拠となる映像である。

なぜ菅政権はこれを隠蔽しようとしたのか。なぜ代償を支払わせるどころか、臣従的ともいえる態度を取ったのか。中国への“配慮”なのか。裏取引があったのか。

菅・仙谷らは未だに説明責任を果たしていないが、いずれにしても一色氏は国家公務員の守秘義務違反に問われ、送検された。しかし、東京地検は起訴を見送り、また海保も懲戒ではなく、依願退職という格好にした。せめても抵抗だったのだろうか。

一方、「公務員は国民全体に奉仕する」存在だとして、一色氏が職を辞する覚悟で内部告発に踏み切ったのに対して、彼が政権の決定に逆らったのは許せないと糾弾する側に回ったのが民主党と社民党、そして朝日新聞と毎日新聞だった。

しかも、日本国内には「日本側がぶつけてきた」という中国側のニセ情報に食いつく者まで少なからずいた。「日中戦争を引き起こす目的で前原がやった」などの、事実無根の怪情報まで流す輩までいた。実際には、中国は日本領海だけでなく、そこら中の外国領海内で類似の行為をやっている。そして抗議を受ける度に「自分は正しい、相手が悪い」と強弁して責任転嫁をしてきた。公然と嘘をつく――それが中国のやり方だ。

ただ、他の国の場合、キチッとした抗議をする。小国でさえ、「近隣諸国との関係悪化」がどうのこうのと自分に言い訳して盗人に屈するプライドのない国はない。

この時の対応のまずさが負の連鎖を引き起こしていった

実際、この件は高くついた。

日本が何もしてこないと悟った中国は、またしても尖閣諸島にコソコソと泥棒を送り込んできた。そして2012年9月、第二の事件「官製反日暴動」が引き起こされた。

当時、中国人活動家が尖閣諸島に強行上陸した。ちなみに、同諸島が歴史的にも日本領である事実は日本共産党の「赤旗」ですら認めていることなので、領有の件は議論しない。これに対して当時石原都知事が都有地にする動きを見せると、野田政権は同諸島を民間から購入して国有化する閣議決定をした。すると中国側は国民を焚き付け、日本大使館や日本企業を襲わせた。焼き討ちや略奪にあった日系店舗も少なくなかった。

一国の政府が公然と自国民を扇動し、外国の施設を攻撃させたのだ。もしかすると、この国の中身は義和団事件の頃とさして変わっていないのかもしれない。

中国は己の過失と責任は一切認めず、悪いのは何もかも日本だと、声高に責任転嫁した。いつものやり方である。しかも、この準戦争行為に対して、民主党政権はまたしても相手を強く制裁しない“配慮”をした。いや、それどころか、野中広務のように相手に謝罪する大物政治家まで現れる始末だから、不可解を通り越している。

私たちはまだこの件で中国から謝罪を貰っていない。

当事者の日本がこれなのだから、当時の米国オバマ政権としても強く出る理由はない。その結果、追い銭を得た泥棒中国は、今度は南シナ海の浅瀬を埋め立て始めた。日米が誤ったシグナルを送ってしまったことが原因しているのではないかと私は推測した。

中国は南シナ海の軍事拠点化を強力に推し進め、悪しき武装強盗と化していった。そして今や南シナ海は世界大戦の火薬庫の一つになってしまった。

当時、盗人側に立って自国を非難した者たちは沈黙。当時の宥和政策の推進者たちも、責任を感じている様子はない。だが、「大声で罵倒すれば日本は屈する」と相手に学習させてしまった者たちの罪は重い(もっとも、「中国の機嫌」なるものを基準にして相手に媚びを売るような大物政治家に聞く耳があるとも思えないが・・)。

私は安倍政権に一色正春氏の名誉回復と公務復帰のチャンス付与をお願いしたい。なぜなら、それは過去の過ちを正すと同時に、中国に対するメッセージともなるからだ。

(フリーランスライター・山田高明 個人サイト「フリー座」「新世界より」