当面、朝鮮半島情勢は悪化の一途を辿る(特別寄稿)

潮 匡人

北朝鮮に拘束され、帰国後に死亡した米国人大学生、オットー・ワームビア氏(Marian.Mizdrea/flickr:編集部)

北朝鮮に一年半以上も拘束され、昏睡状態で「解放」された米国人大学生がついに死亡した。北朝鮮は「大学生がボツリヌス菌に感染して睡眠薬を服用した結果、昏睡状態に陥った」と説明したが、ボツリヌス菌の痕跡は発見されなかった。「大学生の脳組織は広範囲にわたって壊死」(米病院)していたという。

北が危険な自白剤を投与したのか、あるいは大学生が自殺を図ったのか。直接の原因がなんであれ、死亡した事実が持つ重大性は変わらない。当然ながら、アメリカ(や韓国)の主要メディアは日本時間の20日朝から、この事件をトップニュースで報じてきた。

《帰国大学生“拷問死”でトランプ氏激怒、北に軍事オプション含む対抗措置か 識者「一番取りやすいのはサイバー攻撃」》――こう題した20日夕刻発売(21日付)の「夕刊フジ」一面記事で、私は以下のとおりコメントした。

「シリアにトマホークを打ち込んだとき、トランプ氏は化学兵器による子供や女性の被害の映像や画像に激しく感情を動かされ、軍事作戦のゴーサインを出した。今回も、トランプ氏やトランプファミリー、政権中枢の人々の心を動かしたことは間違いない。目に見える対抗措置を取る可能性は飛躍的に高まった」(以下略)

いわゆる「レッドライン」については先々月の当欄で述べた。今後の展開によっては、後世「あの大学生死亡がレッドラインだった」と評価されるかもしれない。なぜなら、結局それは人間の主観的な判断であり、感情で動くからである(拙著最新刊『安全保障は感情で動く』文春新書)。実際すでにトランプ政権や米共和党の幹部らは口々に、最大級の表現で北朝鮮の金正恩政権を非難している。私は今後、何が起きても驚かない。

米大学生の死亡が報じられた6月20日朝、上記「夕刊フジ」の取材を受けた後、私は新潟市での講演に向かうべく急いで北陸新幹線に乗車した。同線は大半がトンネル内のため関連報道を詳しく確認できないまま会場に到着し、講演でこう失言した。

「今朝7時のNHKニュースでは、翻訳が間に合わなかったせいなのか、取り上げていませんでしたが、きっと正午のニュースで詳しく報じたでしょうし、今晩の『ニュース7』では間違いなくトップニュースになるでしょう」

講演を終え、東京に戻り、念のためNHK「ニュース7」を再生視聴して愕然となった。トップどころか、ニュースとして取り上げていなかったからである。同夜のNHK「国際報道」(BS1)も報じなかった。当日正午のNHKニュースを再生視聴してみると、豊洲移転、加計学園、森友学園、九州南部の「激しい雨」のニュースに続けて、ようやく12時10分過ぎから短く報じていた。

NHKは「すでに正午のニュースで報じたから、同夜の看板ニュース番組で取り上げる必要はない」と判断したのであろうか。ならば今後、視聴者は朝も昼も夜も、ずっとテレビでニュースを注視しなければなるまい。

いや、皮肉や冷笑を抑え、率直に、こう聞きたい。

ならば、いまも連日連夜、豊洲移転や加計学園、森友学園などに関する報道を詳しく繰り返しているのは、いかなる理由からなのか。6月22日現在、米メディアは北朝鮮による6回目となる核実験の兆候を報じている。だがNHK以下、日本のマスコミは(産経新聞など一部を除き)これらを報じていない。

5月29日に発射された「精密誘導システムを導入した新しい弾道ミサイル」についても「命中精度高いとは考えにくい」(NHK)など、相変わらず(先月の当欄参照)、北朝鮮の脅威を過小評価している。日本のテレビでは「ダチョウの平和」という名の現実逃避が続く。

蛇足ながら「Xデー」に関する各社の報道も当を得ない。

げんに今年4月、日本のマスコミが「Xデー」と報じた4月15日や4月25日には何も起きなかった。大規模な軍事挑発は、私がテレビ番組などで予測したとおり、キリスト教国アメリカにとって最も重要なイースター(復活祭)の朝となった。上記「精密誘導システムを導入した新しい弾道ミサイル」発射も、予測どおりアメリカの「メモリアルデー」(戦没将兵追悼記念日)となった。

振り返れば、2009年の核実験も「メモリアルデー」に強行された。2006年の核実験もアメリカの祝祭日(コロンブスデー)だった。2009年の「テポドン2」発射はオバマ大統領のプラハ演説の朝だった。後にノーベル平和賞をもたらした歴史的な演説日に、北は長距離弾道ミサイルを発射した。その報告で起こされたオバマ大統領が放送禁止用語で悪態をついたと伝え聞く。せっかく推敲を重ねてきた原稿を急きょ修正し、「つい今朝、この脅威に対して、新たな、より厳しいアプローチがなぜ必要かを、思い知らされました」と演説するに至った。

2013年2月12日にも同じ光景が再現された。オバマ大統領は一般教書演説の原稿を急きょ修正、北の核実験に触れ「この種の挑発は、さらなる孤立を招く」と非難した。しかも当日は全米各州の祝日「リンカーンデー」等々の理由から、同年のGIサミット(日本版ダボス会議)で私が「12日」と予測し、そう小野寺五典防衛大臣らに申し上げたとおり核実験が強行された。

さて今後はどうなるか。当面7月4日(米独立記念日)をにらみながら、高い緊張が続く(あるいは第2次朝鮮戦争が始まる)に違いない。事実、2006年の「テポドン2」を含む弾道ミサイル発射は、独立記念日をにらんだ大規模な連射となった。

だが、日本の(政府や)マスコミはそう考えない。公共放送までが根拠を示さず「北朝鮮はこれまでも自国の重要な政治日程に合わせて軍事的な挑発を繰り返してきました」(NHK)と繰り返し断じながら、毎年4月15日(金日成誕生日)などに決まって空騒ぎする。げんに今年もそうなった。これまで予測を外し続けてきた不明を恥じず、各社みなで頬かむりを続けるから、こうなる。

安全保障は感情で動く (文春新書 1130)
潮 匡人
文藝春秋
2017-05-19