前川氏反抗の背景⁈『ほんとうの憲法』を機に考える東大支配の崩壊

2017年07月07日 10:00

拙著『ほんとうの憲法』が7月5日付で公刊された。

前著『集団的自衛権の思想史』では、集団的自衛権という概念の歴史を辿ったが、そのためには戦後日本の憲法学のあり方を問い直さざるを得ないことがわかった。今回は、東大法学部系の憲法学で確立された読み方だけが日本国憲法の読み方ではないことを示しつつ、なぜ東大法学部系の憲法学が特異な伝統を築くに至ったかについて、考察をしてみた。

池田信夫さんに見本として出版社から渡された拙著を謹呈したところ、あっという間に読んでいただき、書評まで書いていただいた。池田さんには、「憲法学者の精神分析」という表現で、論じて頂いた。大変に鋭い表現で、ありがたく思う。また、池田さんには、私が論じたのが、あくまでも東大法学部憲法学講座の伝統であって、たとえば同じ東大でも、法学部憲法学以外は関係がないことを、明示してくださった。ありがたい。

私は高校の教科書の執筆委員や一般職の公務員試験の試験委員などをやっている。そこで感じたのは、社会的権力というべきものの強さだった。私が「国際政治学界ではもう最近ではこうなっている」と言っても、教科書を作り変えることは難しい。高校の先生方にアピールして買ってもらわなければならないからだ。そして学校の先生方は、東大法学部系の憲法学の概念構成に飲み込まれている。

公務員試験について言えば、もともと公務員志望者で「国際関係」を選択する者は少なく、「憲法」学の影響力の足元にも及ばない。「権力は腐敗する」、と総理大臣に叫ぶ者は数多くいても、一見したところ分かりにくい社会的権力の中枢を識別して、同じようにつぶやく人は、あまりいない。

これは、旬な話題である。安倍晋三政権が、「東京の私立大学の出身者」が中心の内閣であることは、公然の秘密である。首相自身(成蹊大)から始まって、菅官房長官(法政大)、麻生財務相(学習院大)、岸田外相(早稲田大)はもちろん、石原特命担当大臣(慶応大)、世耕経産相(早稲田大)、稲田防衛相(早稲田大)、松野文科相(早稲田大)、山本農水相(早稲田大)、山本環境相(慶応大)、吉野復興相(早稲田大)など、大半の閣僚が「東京の私立大学の出身者」である。

塩崎厚労相、石井国交相ら東大出身者もいるが、20人の大臣の中で東大法学部出身は、鶴保特命担当大臣だけである。なお自民党側でも、安保法制成立時に活躍した高村副総裁や二階幹事長が中央大卒といった様子になっている。

本来、東大は学生数が圧倒的に多いわけではない大学なので、それを考えれば閣僚の4分の1程度を構成しているのは、まだ相当な数だと言えるかもしれない。しかしかつての自民党が、東大法学部/高級官僚出身の首相を輩出するのを常道としていたこと、中央官庁の高級官僚のほとんどが東大(法学部)出身者であることを考えると、閣僚と役人の出身大学の層がずれていることは、一つの大きな特徴である。

東大法学部・官僚出身の最後の首相は、宮沢喜一であった。私に言わせれば、1993年の宮沢内閣の終焉と自民党の下野が、冷戦型の政治スタイルが終焉した瞬間であった。政権を奪還した後の自民党は、橋本、小渕、森、小泉、安倍、福田、麻生、安倍、と、「東京の私立大学の出身者」を連続して首相として送り出してきている。それだけではない。石破茂(慶応大)をはじめとして、自民党内の首相候補は「東京の私大出身者」で占められており、近い将来に東大法学部出身者が首相の座を得る見込みはない。特に小選挙区制が導入されてからは、「東京の私立大学」系のコミュニケーションのスタイルが、有利に働いているところもあるのではないか。

近頃、安倍首相に反旗を翻したとして有名になった前川喜平・元文科省事務次官は、東大法学部出身(麻布中・高出身)で、「東京の私立大学出身者」が中核を構成する内閣の方針にも「面従腹背」を座右の銘とする姿勢で臨み、天下りあっせんにも熱を入れていた。前川氏は、裕福な家系に生まれて、華々しい姻戚関係も持っている。よく知られているように、東大生の親の平均所得は非常に高く、東大は特定の一貫教育私立/国立大付属校や特定の予備校を通過する学生が非常に多い「寡占」状態に置かれていることが、時に問題視されている。前川氏は、その意味でも典型的な「霞が関エリート」だと言えるだろう。

前川氏のような方々こそが、東大法学部系憲法学のドクトリンを中心に据えて、長きにわたり、日本社会の運用管理を担ってきた「共同体」の方々だと言えるだろう。前川氏のような伝統的タイプのエリートからすれば、安倍首相などは、あらゆる意味において、「クーデター」派でしかないのだろう。

2015年安保法制をめぐる喧噪では、東大法学部系の憲法学者の方々が、内閣法制局見解を事実上の憲法解釈の最終審であるかのように語り、首相などが勝手に「クーデター」を起こすことは許さない、といった態度をとったことが、衝撃を持って受け止められた。だが、それは、素朴な心情に突き動かされた態度だったかもしれない。

問題は、冷戦終焉後の時代の日本において、伝統的エリートが、伝統的なやり方で権力を動かす時代は終わってしまっていることだ。そのことをタブーのように感じる向きもあるかもしれない。だが本当は皆が気づいている重大な事実である。


編集部より:このブログは篠田英朗・東京外国語大学教授の公式ブログ『「平和構築」を専門にする国際政治学者』2017年7月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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