消費税10%断念に向け早くも地ならし

財政規律の放棄の火の手

思わず耳を疑いました。自民党当選2回の議員30人が財政再建目標の放棄、消費税10%への引き上げ凍結、教育国債の創設など盛り込んだ提言をまとめるという動きです。財政規律の放棄を若手議員が勝手に提唱できるはずはありません。官邸の誰かが裏で糸を引いているに違いありません。

「安倍1強政権」だからこそ財政再建に果敢に取り組むのかなと思っていましたら、その逆でしたね。ノーベル経済学賞のシムズ教授の経済理論が急に日本で紹介されだした年初あたりから、財政規律を緩める地ならしが始まりました。「消費者物価上昇率が2%に達するまで消費税の引き上げを見送る」、「インフレによって政府債務を軽減する」、「そのことを政府は宣言し、インフレ心理を高める」などが政策面の骨子でしょうか。

複雑な動きで決まる経済現象を単純化したモデルで考え、基本的な構造をつかむという点では、経済理論の効用があります。問題は日銀の黒田総裁が「いろいろな前提をおかないと、出てこない話」と距離を置いているように、経済現象を考える上での模型みたいなものです。現実の世界にそのまま当てはめても、理論通りの結果を期待できません。

シムズ理論という伏兵

いくつかの疑問点を列挙しましょう。「物価2%上昇の実現に何年かかるか不明。その間、財政膨張、消費税凍結が続くと、財政赤字さらに積み上がる」、「かりに2%上昇を達成し、政府債務をインフレ効果で削減し、目標を達成したとしても、そこからまた財政赤字の拡大が始まる」、「最も重要なのは、歳出の合理化、効率化と消費税の引き上げなどの増収策であり、これなくして財政再建は不可能」、などなどです。

さらにこの理論が紹介され始めてから、「財政規律の放棄に悪用される」、「財政膨張の口実に使われる」との警告が高まり始めました。精緻な経済理論も政治家の手にかかると、都合のいいように使われる、つまみ食いされるという好例です。特に、再選が危うい若手議員は、財政出動を選挙対策に使いたいのです。

政府はもっと巧妙で、6月に決めた経済財政政策の基本方針(骨太の方針)で、財政再建目標を難しい表現を使って変えてしまいました。公債残高の金額の削減(基礎的財政収支の黒字化)よりも、国内総生産(GDP)比率の引き下げを重視する方向に転換しました。

経済理論と政治経済学の違い

これに対する疑問点は何でしょうか。「GDPを増大させるため、経済成長を重視し、国債増発を認める」、「成長を減速させるとして消費税10%は見送る。税収不足は国債増発でまかなう」、「経済成長によって財政の増収を図るという景気対策は過去、何度も行われ、長期的には失敗で、その結果が国債残高(含む地方債)1000兆円」、などなど。

重大な問題は、治しがたい政治経済学的な病です。「景気が悪いといって、財政出動をして国債を増発する」、「景気好転に伴う増収があっても、まだ景気は脆弱とみて、国債の償還、減額あにてず、使ってしまう」、「いつまで経っても国債は減らないところが増え続ける」です。あるいは「意図的に高めの成長率を設定して、税収を多く見積もり歳出規模を拡大する。税収が不足すると、補正予算を組むから赤字の垂れ流しに」です。

これに社会保障費の膨張が加わります。最大の財政赤字要因なのに、選挙対策で本格的な手を打たないのです。「1強政権」というのに、支持率を気にして、年金支給年齢の引き上げ、支給額の減額などに踏み込みません。

政府の景気分析では、安倍政権が発足(12年末)して以来、景気拡大が続いており、戦後3番目の長さになっているそうです。消費税を8%(14年)に引き上げた影響も「景気後退あっといえない程度」(内閣府の景気動向指数)といいます。低成長、ゼロインフレは財政金融政策が間違っていたというより、趨勢的にそういう時代に入ったのです。

新産業の育成、社会構造の変革が進めば、新しい視野が広がってくるでしょう。それが遅れたのは、財政金融政策を重視しすぎてきたため、それに甘えて変革が進んでこなかったのです。無理して成長率をあげよう、物価を上げようとしても、財政金融への負担が増えるばかりでしょう。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2017年7月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。