データ流通にも競争政策を

中村 伊知哉

日経新聞の経済教室に、大橋弘・東京大学教授が「新時代の競争政策(上)IT世界の寡占化課題に・データ囲い込み 対応急務」という記事を寄稿している。重要なポイントを突いているので、引用しつつコメントします。

「データの集積と利用の間に相乗効果が働くとき、その関係はネットワーク効果を持つという。ネットワーク効果が働くときには、データを集積できる勝者とそうでない敗者の間で明暗がはっきり分かれることから、市場は寡占化する。」

ネットワーク効果は本来、交通や通信などの物理的な網が、ユーザが増えるほど価値を高めることを指していたが、それがITでは上位層のプラットフォームやアプリケーションに主体が移り、さらにはその上を流れる「データ」に主体が移ってきた。とても重要なポイントです。

「欧米の競争当局も近年、データ集積と寡占化について注目している。昨年にはドイツの連邦カルテル庁とフランスの競争当局が連名でリポートを発信し、米連邦取引委員会もビッグデータをテーマとする文書を発表している。」

日本ではIT政策・知財政策としてデータの利活用促進がこの1年のテーマとなりましたが、競争政策上の議論はさほど聞こえません。

「欧米での議論では競争政策上の懸念として、既存事業者のデータ囲い込みにより、新規参入者の新たなサービス提供機会が奪われる可能性が指摘されている。こうしたデータの囲い込みは新たなイノベーション(技術革新)の芽を摘み、産業活性化を妨げかねない。」

Google、Appleはじめ巨大国際IT企業に対し、EUや欧州各国は税制や競争政策上の課題をつきつけているが、その論点がデータにも広がっている。これに比べ日本の当局は、米IT企業に対するスタンスは緩いです。国内企業に適用されるルールが海外勢にはスルーされるケースも散見されます。

「AI技術がBtoB(企業向けサービス)にも急速に浸透するようになり、ものづくりの世界でもデータ集積に対する競争政策上の懸念が生じている。」

AIの重要性が急激に高まる中で、その利用力の決め手が「データ」であることが共通認識となってきました。いかに自らデータを確保・洗練し、いかに外部のデータを利用・共有できるかがポイントになっています。

「国民・消費者がBtoCで、自らのデータがどのように事業者間で共有・活用されているかを事実上把握できない懸念を踏まえれば、財やサービスと同様に、データに関しても所有や利用のあり方を明確にすべきだ。」

政府のIT本部では、データの所有・利用・流通のためのインフラ整備が論じられており、知財本部ではデータの利活用を促進するための知財システムが議論されています。ぼくは後者の共同委員長を務め、この春ようやく政策合意にこぎつけました。

「企業が保有するパーソナル情報を個人に還元して管理を促す仕組みとして、個人が自らのデータを管理する「パーソナル・データ・ストア(PDS)」という考え方が生まれつつある。この概念をBtoBの世界にも拡張しつつ、データ所有・利用権を確立していくための議論を政府全体で始めるべきだろう。」

PDSは個人が自ら管理するという点で重要な概念。「データ取引市場」の整備と合わせて、データ利用・流通のインフラとなります。このあたりがIT本部中心に議論されていることがらです。

「わが国の産業競争力を強化していくうえでも、安心・安全にデータが流通・活用される環境の整備が急務だ。特定の事業者が不当にデータを囲い込んだり、不公正な方法により競争をゆがめたりする事態に対して、競争当局が調査・摘発できる体制と専門性を確立する必要がある。」

なるほど。IT政策としてのインフラ整備と、知財政策としての知財システム整備の両輪を回せ、という主張をぼくはしてきましたが、さらに競争政策としても管理すべきという状況にあるということですね。ぼくの活性化論は甘く、海外の強者に対する政策論が必要ということでしょう。

「こうした競争的な基盤が備わって初めて、昨年12月に施行された官民データ活用推進基本法や今年5月に全面施行される改正個人情報保護法の下でのデータ流通・利活用が、真の国民生活の利便性向上につながると考えられる。」

ぼくが普及委員長を務めるオープンデータ推進団体「VLED」の今年の勝手表彰グランプリは「官民データ活用推進基本法」に授けられました。基本法の理念を具体化するよう、環境整備が求められます。関係者のみなさま、よろしく。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2017年7月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。