AIはついに資本主義に終止符を打つか?

松本 徹三

先回の記事に引き続き、拙著「AIが神になる日」に関連する記事です。

先回は、その非効率性を常に指摘されながらも、「それよりも良いシステムが見当たらないから」という理由で支持されてきた「民主主義」を代替するものとして、「AIによる哲人政治」の可能性について語りました。

今回は、いよいよその問題点が顕著になってきた「資本主義」を代替するものとして、「AIによってはじめて可能となる共産主義の理想の実現」について語りたいと思います。

当面、資本主義に変わるより良いシステムは生まれそうにない

その起源を遡ると古代にまで至る「商業資本主義」を代替するものとして「産業資本主義」が勃興したのは、蒸気機関の発明などに端を発した技術革新が「産業革命」を惹起したからですが、その「産業資本主義」も、昨今は、主として「情報通信技術」の革新に支えられた新しい形の「サービス産業資本主義」、ないしは「金融資本主義」ともいうべきものに、その主役の座を取って代わられようとしています。

かつて、「資本主義の矛盾」を乗り越えるものとして、世界の期待を一身に集めたのが「社会主義」であり「共産主義」であったのですが、ソビエト・ロシアに主導されたこの雄大な試みは、惨めな失敗に終わりました。

この理由は主として下記の二つによります。

  • 「自由市場経済」よりもはるかに合理的で、それ故はるかに良い結果をもたらすだろうと思われていた「計画経済」は、「人間は十分なインセンティブがなければ本気で働かない」「人間はその結果を自らが享受できるという保証がなければ創意工夫を行わない」という二つの重要な原則を見落としていた為に、期待を大きく裏切る結果しかもたらすことができなかった。
  • プロレタリア階級の代弁者として、誠実にその役割を果たすことが期待されていた革命の指導者は、権力を握った途端に腐敗し、資本主義時代にもなかったような激しい格差をもたらす「閉鎖的な階級社会」を作り上げてしまった。

これに対し、資本主義の方は、マルクスの予想とは異なり、一握りの資本家の野放図な強欲を許すような愚は犯さず、独占禁止法の様な法律を制定したり、公共投資による有効需要の喚起へと動いたり、累進税率を導入したり、社会保障制度を充実させたりすることにより、その問題点をある程度克服してきました。

技術革新による生産力の拡大は、当初はなりふり構わぬ「植民地獲得競争」やその究極の姿である「帝国主義戦争」を引き起こしてきましたが、もはやその時代は終わり、現時点では、後進地域の住民にもある程度の恩恵が分け与えられる「国際的な自由競争」をベースとする「グローバル経済体制」が基軸となるに至っています。

資本主義の行き着くところ

しかし、「すべての人間は生まれながらにして平等である」という考え方をベースとした「民主主義体制」にサポートされてここまでやってきた「資本主義」(ないしは「修正資本主義」)も、ここへきて曲がり角にきていることは明らかです。

この事態もまた、「技術革新」がもたらしたものですが、今度は「情報通信技術」の革新によるものです。高度な情報処理技術とそれを支える通信技術は、商品の開発、生産、流通のプロセスを徹底的に合理化する一方、それを支える金融システムも、徹底的に高度化させつつあります。

前者は、「少しでも競合より優れた商品やサービスが、瞬く間に市場で圧倒的な優位性を確立する(Winner takes all)」ことを意味し、後者は、「より大きな資金を動かし、より優れたフィンテックを駆使するプレイヤーが、必ず大きな利益を手中にする」ことを意味します。世界のどこに拠点を置いていようとも、勝者は世界における勝者となり、他を寄せつけない力を持つに至るのです。

そうなると何が起きるでしょうか? 世界中で色々な形での「格差」が拡大し、一握りの人達が我が世の春を謳歌する一方で、この様な立場になれなかった大多数の人達の不満は増大するでしょう。そして、民主主義体制下では、これらの大多数の人達がそれぞれの国の政治を支配する力を持っていますから、彼らが選挙で選んだ政治家は、当然この様な体制を否定する方向へと動くでしょう。

今回、米国の大統領選挙で起こったことは、まさにそのハシリなのです。トランプ大統領の支持者達が求めているのは、何よりも「雇用の確保」であり、「これまでの生活水準の維持」であり、それを可能にする「保護主義」です。これは、これまで「普遍的な価値観」だと思われていた「国際市場主義」「自由経済体制」の完全な否定であり、これまでの資本主義の大きな流れの否定でもあります。

選挙で選ばれた米国の大統領は、約束したことを実行するしかありませんが、何と言っても米国は、今なお世界最大の経済力を持った存在なので、その影響は世界の隅々まで及ぶでしょう。米国が「アメリカ・ファースト」と言い出したからには、世界各国も「自国ファースト」を標榜せざるを得ず、世界経済は極めて不安定で不合理な形へと変貌していかざるを得ないでしょう。

求められる新しい経済体制

そうでなくとも、情報通信技術の発展により、「資本主義(自由主義経済)の究極の姿」に近づきつつある世界の経済体制は、爆発(崩壊)寸前のところにまで来てしまっています。(資本主義経済のリーダーである米国で、最も裕福な1%の人達が、国の全資産の34.6%を保有しているという事実を、「爆発(崩壊)寸前」と表現せずにどう表現すれば良いのでしょうか?)

今後の技術変革が、資本主義の問題を一層際立たせる方向に動くか、あるいは逆にそれを改善する方向に動くかが、今後の運命の分かれ道になると私は見ています。今後の技術革新で最大の影響力を持つのは、疑いもなくAIですから、「AIの利用方法如何が、資本主義の命運を決める」と言い切ってしまっても良いと私は考えています。

欲得で動くことが「習い性」になってしまった人達は、ちょっとやそっとのことではその「習い性」を変えることはできず、リーマンショックで懲りたはずの人達も、もうそれを忘れてしまったかの様です。ですから、私は、人間にはもう期待はしていません。誰かに「楽をして事態を改善できる方法がある」と吹き込まれてしまえば、人間は「苦い薬」は決して飲まないものです。

しかし、断言してもいいですが、「保護主義」などという小手先の術策で、「資本主義の本質的な問題」が解決できる等ということは、天と地がひっくり返らない限り、金輪際ないでしょう。

産業資本主義の変貌には一定の時間がかかりますが、金融資本主義の変貌は瞬時に起こります。一瞬にして、予期しなかった様な極端なことが起こり、それが各個人の持つささやかな「資産」や「収入源」の価値を一変させてしまうのです。

強大な国際金融資本は、一国の経済の根幹を簡単に揺るがせることができますから、現状を放置すれば、深刻な国際紛争を引き起こす恐れも大です。残念ながら、もうあまり時間はありません。人間に頼れない限りは、我々はAIに頼るしかないのです。

AIは何をできるか?

考えてもみてください。「経済予測」と、「それをベースとした経済政策の立案」ほど、AIが得意とするものが他にあるでしょうか? 囲碁で最強の棋士を打ち負かすことができたAIが、「経済政策の立案では人間に劣る」と考えなければならない理由があるでしょうか?

経済予測は、

  • 現在と将来の商品や資金の需給バランス
  • 「消費者」「事業家」「投資家」としての人間の心理
  • 現在と将来の政治力学

の三つのファクターを読み取ることをベースとすると理解しています。

そして、そのいずれについても、AIは、「膨大なデータを解析し、幾つもの仮説を見出し、そのそれぞれについて幾通りものシミュレーションを丹念に行って、最終結論を出す」ことができます。人間のように、自分の希望的観測や思い込みに左右されることがない分だけ、信頼に値する予測ができるでしょう。

厳しい見方をする人は、2007年4月(リーマンショックの一年前)に刊行された「ブラック・スワン」で一躍有名になったナジム・ニコラス・タレブの「脆弱性」についての議論などを引き合いに出し、「AIが必ず使うであろう『トップダウンの統計学的な手法』なんかはものの役には立たない」ということを指摘するかもしれません。

タレブは「試行錯誤(Tinkering)」の重要性も指摘していますから、「AIはどのように試行錯誤をするのか?」という質問も浴びせられるでしょう。しかし、私は逆に、そういった脆弱性までも読み取り、「試行錯誤」をシミュレートするといった様なこともできることこそが、「思い込みの強い人間」よりAIが優れているところだと言いたいのです。

「資本主義」にとって代わるべきものは「共産主義」

とはいうものの、その一方で、AIが人間にとって両刃の劍であることもまた事実です。ブラックホールの提唱者であるホーキング博士のように、「AIは人類を滅ぼす」と警告している学者もいるくらいですから。

私の本を読んで頂けば分かりますが、私は「AIが(AIだけが)人類を救う」というテーゼの確信犯です。勿論そう考えるにはそれなりの理由があるのですが、そういう私とて、AIがどんどん多くの人の雇用を奪っていくという事実を否定するものではありません。

(しかし、これが怖いからといって、これから逃げてしまっては、最悪の事態を招きます。そんなことをしていたら、最強のAIを手に入れた他国や他の集団の支配下に組み入れられ、惨めな生活を余儀なくされるしかなくなるからです。こういう事態はどうしても避けなければなりません。)

それ故に、現在、欧米などで「AIの究極的な姿であるシンギュラリティー」について語っている人達は、例外なく「Basic Income(BI)」ということについても語っています。AIによって職を奪われた人達が最低限の生活の糧を得られる様に、国が社会保障を充実させなければならないという議論です。

しかし、私は、この程度のことでは全く効果はなく、経済体制自体を一気に「共産主義体制」に持って行くべきだと考えています。つまり、この体制下では、人間は「能力によって働き、必要によって与えられる(共産主義の理念)」べきなのです。

前述のごとく、かつては「人類のあり方の最終的な姿かもしれない」と多くの人達が期待した「共産主義の理想社会」は、結局は実現せず、むしろその理想の正反対の社会が作られてしまいました。しかし、それは指導者が人間だったからです。

人間が管理する計画経済で「すべての人が必要とするもの」を供給できると夢想したのは、あまりに非現実的すぎましたし、人間がかかわる限り「権力は必ず腐敗する」という原則から逃れられないのは当然だったからです。しかし、AIが管理する計画経済は、「自らの欲望に刺激されて始めて動く人間の産業経済活動」よりもはるかに効率的であることは間違いないだろうし、自らの欲望を持たないAIは、聖人君主でしかありえないので、絶対に腐敗しません。

AIがもたらす共産主義社会がどんなものであるかについては、是非私の本でその一端を垣間見てください。

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