ベーシックインカムは「ただでお金をもらえる」制度ではない

池田 信夫


最近ちょっと話題になっているNHKのベーシックインカム特集は、根本的に間違っている。ベーシックインカム(BI)は「国民全員がただでお金をもらえる」制度ではない。フィンランドの実験は「世界初」ではなく、そもそも「ただでお金をもらえる」という言葉が矛盾している。

たとえば日本政府が国民全員の銀行口座に、ひとり年間80万円を振り込んだら名目GDPが20%増えるが、それを政府が発表した途端に、物価が20%上がって実質GDPは変わらない。財源措置がないとBIはヘリコプターマネーと同じで、激しい「財政インフレ」が起こるだけで実質所得は増えないのだ。

カナダで実験されてスイスで提案されたBIはそんなナンセンスな話ではなく、従来の年金や生活保護を定額給付に置き換え、その財源を所得税に一元化する制度である。これはミルトン・フリードマンが負の所得税として提案したものと同じで、日本で財務省が「給付つき税額控除」として提案している制度も発想は同じだ。

日本でも生活保護と老齢基礎年金と児童手当を廃止すると、すべての個人に年間約80万円(世帯あたり約200万円)のBIが支給できるが、税収中立にするためには所得税率を一律40%にする必要がある(社会保険料は廃止)。

財源はBIとは独立なので、たとえば累進消費税と組み合わせ、所得税・法人税を廃止することもできるが、この場合の消費税率は(税収中立だと)20%以上になる。「ただでお金をもらえる」フリーランチは存在しないというのが経済学の鉄則である。

BIの最大の政治的障害は、既存の社会保障を廃止することだ。これは所得再分配の透明性や世代間の公平という点では正しいのだが、年金生活者や生活保護世帯の既得権を奪うので、通常の方法では不可能だ。

スイスでは国民投票をやったが、76%が反対だった。今回のフィンランドの実験は失業者から抽選で2000人に毎月560ユーロを配るもので、BIではなく単なる失業給付である。

しかし日本の社会保障が行き詰まるのは時間の問題なので、BIのような年齢に依存しない一括再分配に転換する必要がある。団塊の世代が「食い逃げ」する前に社会保障を見直すには、政治家のみなさんもアゴラこども版ぐらいのBIの知識は必要だと思う。