一億総中流が過ぎ去り、結婚の条件は変化したか?

2017年09月11日 06:00

「高慢と偏見(Pride and Prejudice)」(ジェイン・オースチン著)は、英国で最も根強い人気を誇る小説です。
著者のジェイン・オースチンは、さながら日本の夏目漱石のように国民的な小説家だそうです。

「高慢と偏見」が英国で爆発的な人気を博した背景には、英国の階級制度がありました。
上流階級の男性と中流階級の女性の丁々発止のやりとりは、最初は私たち日本人にとって馴染みにくいところがあります。

私も、背景が理解できるようになって、ようやくその醍醐味を味わうことができました。
なにせ、当時の英国では「働いて生活している身分の人たち」が軽蔑の対象になり、「働かなくとも生活できる身分の人たち」こそが尊敬の対象だったのですから。親戚に事務弁護士がいると家柄が悪いというくだりもあったように記憶しています。

日本が一億層中流を実現した時代、(私を含めた)当時の若者たちは「見合い結婚」を侮蔑し「恋愛結婚」こそが本当の愛の姿だと思い込んでいた向きがありました。

小説やドラマのヒロインが「私、絶対に見合いなんてしないわよ!」というのがお決まりの台詞でした(「見合い結婚」ではなく、「見合い」すること自体を拒否する風潮だったのです)。
ところが、一億層中流が崩れ、「高慢と偏見」の時代とは全く異なった一種の身分(というかグループ)のようなものが、今の日本社会に構築されつつあるように感じます。

米国の同類婚に象徴されるように、育ち、教育、趣味等々、共通項が多い男女の結婚が増えています。
高校や大学の同級生同士の結婚が日本でも増えていますよね。

一昔前であれば、日本では職場結婚が多く、結婚した女性は祝福されて寿退社をしました。
職場結婚の多くは、決して同類婚ではありません。

総合職の大卒の男性と一般職の高校や短大卒の女性の組み合わせが多く、企業によっては男性社員の花嫁候補として女性社員をすべて縁故採用していたところもありました。つまり、職場結婚の多くのケースでは、学歴も趣味も異なれば家柄も違っていた訳です(女性の家柄の方が高いというケースが多々ありました)。今の同類婚とは全く異なった混在婚とでも呼ぶべきものです。

現在の同類婚の増加は、「高慢と偏見」の時代の英国身分社会に似た構造をつくり出しているような気がします。
学歴、趣味、仕事等がある程度共通しているグループ(階級)と、そうでないグループ(階級)に属する男女間の結婚には、同書で描かれているような様々な障害や葛藤が増えてくるように思えるのです。

よくよく考えてみると、私が知っている50歳を超えた非婚女性のほとんどが、一流企業のOLか元OLです。
社内結婚華やかなりし頃であればずいぶんモテただろうなと思われる人もいます。
それが、いつの間にか同類婚の時代に日本の社会構造が変化した結果、結婚のチャンスが狭まったのでしょう。

逆に、かつて職業だけでチヤホヤされた医師や弁護士といった男性の中には、(女性の家柄や学歴、職業等で譲歩すれば)自分はいつでも結婚できると錯覚している人が多いようです。60歳を過ぎても「30歳までの若い女性が希望」などと宣言してはことごとくチャンスを失っています。

(学歴や趣味、仕事などは自力で築いてきた面が大きいので)身分という表現は適切でないのでグループという表現が適切でしょう。属するグループを超えた男女の結婚に立ちはだかる障害は、今後ますます大きくなると私は考えています。

逆に、同じグループ同士であれば、年齢差や家柄などはあまり障害にならなくなるかもしれません。
そうであれば、自分の属するグループを再認識し、もしくは別のグループに転籍することが、結婚とその後の継続的生活を維持する大きな要素になるのではないでしょうか?

このように考えれば、「趣味嗜好の合わない相手と結婚するくらいなら独身のままの方がいい」という考えは、今日では至極まっとうな考え方なのかもしれません。
あなたはどう思われますか?

説得の戦略 交渉心理学入門 (ディスカヴァー携書)
荘司 雅彦
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2017-06-22

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年9月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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