文学部解体?

2017年10月19日 11:30

室井尚さん著「文系学部解体」。
横浜国大の教授が国の文系学部・学科の縮小・廃止要請に反発する書。
そのパンクさには敬服。ご出身の京大・西部講堂が産んだロック文化や映画研究会の活動を引き合いに、大学が文化や知識の発信源だったことを説く点には同意します。

筆者の同級生の紹介。京大卒で初めて吉本興業に入った男や、レコード会社に就職して太田裕美さんと結婚した男。どちらもよく存じ上げる尊敬する先輩たちであります。

しかし、この本には根本的な疑問があります。

90年代からの国立大学の「自由化」「法人化」と学長のガバナンス強化を、押し付け・間違いと断じています。

では「規制維持」「非法人化」がよかったんでしょうか。そしてそのために筆者らはどんな努力をしてきたんでしょうか。

ぼくが身をおいた大学はMITもスタンフォードも慶應も私学ですが、MITやスタンフォードの文系教員たちに、自由化・法人化は間違いだという意見を、どう説明できるんでしょうか。

外部から大学に来た教員たちにより、会議の開始時間が正確になるなど厳しく管理されるようになった、法令遵守が求められるようになったとあります。それは単なる正常化と思うのですが。世間にどう主張すれば理解されるんでしょう。

博士号を持っていない教員が多いが、それは「その人の研究の中身や質とは何の関係もない」とあります。
マジですか?

国立大学への税金投入批判に対し、納税者の意志とは関係ないと断じておられますが、それでは賛同は得られません。

財務省が文科省にかける圧力に対し、大学人が「ウチに税金回せ」と胸を張って言えなければ勝てません。

いま文系大学が新たにできるとして、インフラや福祉や初等教育の予算を削ってもカネを回すべきだ、とどう主張できるのか、という問いだと思います。

国は税金は維持しろ。でも考えを押し付けるな。
・・これを達成する方策ってあるんですかね。税金を脱して知を守る方策を練るとか、国の考えを改めさせる作戦を練るとか、そういう工夫ってないんですかね。

ぼくも文系学部解体には疑問はあります。知を守るべきだと考えます。守るべき知の内容も方向も主張に同意します。

でも、ではどうするのか、どうあるのがいいのか、について、世間を味方につける知恵が求められるんだと思います。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2017年10月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。

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