排除と不出馬で“即死”を免れた小池氏の絶望 --- 上村 吉弘

2017年11月11日 06:00

希望の党公式サイトより:編集部

希望の党の共同代表選が行われ、大串博志議員を破って玉木雄一郎議員が共同代表となった。財務省上がりの屁理屈弁士2氏が安保法制容認とした党の公約を守るか破るかで違いを訴え、有権者に対する詐欺行為のような政策論争を平然と繰り広げた。昨年、民進党代表選で蓮舫参院議員に敗れた玉木議員が共同代表に選ばれたというのは、小粒化した民進党という同党の現状そのものである。

残念ながら、小池百合子代表が唯一正しい選択をした「安保、改憲を考慮して一致しない人は公認しない」という排除の線引きは何の効果もなく、党内で政策の根幹を巡り争うという民進党と同じようなコップ中の争いが今後も展開されそうだ。

民進党と希望の党に共通する致命的欠点は、過去の失敗を正しく反省し、方向性に誤りがあればそれを修正して、一致団結して有権者の信頼を勝ち取るという綱紀粛正の姿勢が皆目見られないことである。常に身内同士で主導権を奪い合い、喧嘩別れや問題の先送りでお茶を濁す。

私は前回の記事で、希望の党は惨敗し小池氏の政治生命は尽きるだろうと予測したが、選挙後の動きは、まさに懸念した通りの展開に向かっている。希望の党がここから盛り返す唯一の方法は、まず今回の敗因を徹底的に分析することからである。その反省の上に立って新たな船頭を見つけなければいけないのに、求められるリーダー像も不明なまま共同代表選を行えば、間違った目的地をめざす船頭によって、希望丸は遅かれ早かれ絶望の淵に沈むことだろう。

その敗因について、小池氏は10月25日の両院議員懇談会で「私の言動で同志の皆さんに大変苦労をかけ、心ならずも多くの方々を傷つけてしまった」などと述べ、大方のマスコミの論評と同じように『排除』の一言が失速を招いた唯一の原因であるかのように謝罪した。その後の議論でも、その一言を巡って責任追及が行われたようだ。

しかし、たった一言で支持から不支持に変節するほど有権者はバカではない。まして風雨の中で迎えた投票日に駆け付けた有権者の多くは、それなりにこの国の将来を思い、信頼できる政党や政治家を真剣に考えた志の高い国民である。本当に信頼できる政党や政治家であればたった一つの失言で簡単に支持を覆すことはない。有権者をあまりにも軽くみている。

失政が見逃された都議選

総選挙よりも前から、都政に関心の強い人々は小池都政に対して愛想を尽かしていた。その決定的要因は築地の豊洲移転問題で、「安全だが安心ではない」という意味不明な理由を述べて、既定路線だった豊洲移転をストップさせて、日々500万円の維持費がかかる現状を容認したことで都政を自身の売名行為のおもちゃにしたと感じたからである。

就任後初の都議会で彼女は自身の給与を1450万円に半減させて、セコさを極めた舛添要一前知事との違いを印象付け、人気は最高潮に達した。その彼女が、都財政の無駄遣いに目を瞑り、何ら解決策のない移転延期に舵を切り、果ては築地の土地売却までストップして豊洲移転だけでなく築地の土地売却まで問題を蒸し返す形となった。豊洲の移転費用の多くを築地売却で賄うはずだった都財政はこの愚策により、数年後に新たな小池問題としてクローズアップされることになるだろう。

7月2日、都議選は投票日を迎え、都民ファーストは大勝利に終わった。この勝利により高まりかけた批判の声は掻き消されてしまった。だが、この勝利は1年弱の小池都政への評価ではなく、舛添前知事という希代の守銭奴と結託して都政を牛耳ってきた自民党都連、とりわけ内田茂幹事長に対する正義の鉄槌を食らわせてやりたいという、都民の強烈な怒りの延長線上にあった勝利だといえる。小池都知事の誕生というだけでは都議会の長年のシガラミは何も変化していない。悪代官どもを一掃することで、舛添セコセコ問題から始まった都政の闇はようやく光を見るのである。

つまり、都民ファーストの大勝利はメディアが伝えたような小池都政への積極的な期待や評価に非ず、過去への失望や消去法でもたらされた消極的な結果だったのである。このあたりの世論が非常に興味深かったので、私は都議選当日に出口調査のアルバイトに応募し、実際に都民ファーストに投票したという有権者に尋ねたところ、「今回ばかりは自民党に入れる気がしなかった」「ほかに投票したい党がない」といった答えばかりを頂いた。「都民ファーストに大いに期待する」という前向きな答えはほとんどなかったのである。

ところが、メディアのミスリードは小池氏をつけあがらせ、国会議員たちを慌てさせ、一部の国民を一時的に「その気」にさせた。「この改革の勢いがモリカケ問題で閉塞感漂う国政にまで新風を吹き込んでくれるかもしれない」という期待を抱いた人が現れたので、瞬間風速的に「小池知事を総理に」などというトンデモ論を言い出す無定見な人々が一時的に沸いたのである。

都議選勝利から始まったハネムーン期間

政権交代からの100日間をハネムーン期間という。期待値で株価が上がり、期待に沿わない結果を見て、3か月後に暴落するというアレである。都議選での勝利はまさにこのハネムーン期間のスタートとなった。小池氏のハネムーン期間は知事当選ではなく、宿敵内田氏の残党の多くが討死を果たした都議選の結果から始まったのである。

都議会にシガラミが巣食う限り、都政で多少でたらめなことをしても彼女を批判するメディアはほとんど現れなかった。巨悪を前にして、彼女のインチキは見逃され続けてきたのである。ところが都議選が終わり、いよいよその実力が問われたとき、小池都政は風通しを良くするどころか隙間風だらけで、混乱ばかりもたらしていることに皆が気付き始めた。

にも関わらず、都議選の勝利によってメディアは無責任にも「小池総理見えてきた」などという見出しで売り上げ増を見込む。最初は小池氏も疑心暗鬼だったはずだ。このため、結党準備は側近の若狭勝議員(当時)に任せた。若狭氏もこの時は希望と責任感に燃えていただろう。国政新党のための政治団体名を「日本ファースト」と命名し、細野豪志議員と候補者選定に着手する。

9月下旬、不倫スキャンダルで民進党の山尾志桜里議員が離党し、民進党がゴタゴタする中、安倍首相が解散の意思を固め、10月22日投開票が明確になると、週刊誌などで「小池総理」「女性の初宰相」の見出しがヒートアップし、左翼系マスコミの「安倍憎し」がそれを後押しする。出世欲の強い小池氏はこのミスリードに乗っかり、愚かにも都政ではなく国政に手を伸ばす。

彼女の意を受けて8月から候補者選定と公約や規約作りなどに勤しんでいた若狭氏らの準備を「リセットする」と一蹴し、半年以上前から商標申請していた『希望の党』という名称で結党を宣言した。側近に任せておきながら一体いつ作ったのか、おぞましい結党ビデオまで披露した。そこで強調されたのは自身のカリスマ性と、都議選でも繰り返した「シガラミ政治の打破」である。都知事選、都議選と成功し、3匹目のドジョウを狙ったのは明白だ。

しかし、打破したはずの都政では何の成果も上がっていない。むしろ、小池独裁という新たなシガラミを生み出しただけではないのか……音喜多駿都議らの都民ファースト離党で、その疑いを強くする有権者が増えていく。

“バブル”の人気に我を忘れた小池氏

若狭氏に任せていた新党準備なのに、最後にちゃぶ台返しをしたのは、自分が総理になれるかどうか、最後の最後まで世論を見極めたかったからだろう。彼女は常に目に見える成果しか狙わない。環境大臣の時には小泉首相から打診されたクールビズのアイデアを自身の成果とし、防衛大臣の時には自身と反りの合わない守屋武昌事務次官を退官に追い込んだ。

総理就任という目に見える成果が目の前にある……小池バブルに酔った彼女は新党を自分のものとする。彼女の脳裏には知事を辞職し、自ら陣頭指揮に立って自分を都知事に推さなかった自民党そのものを敵討ちにする国盗り物語の脚本を思い描いたに違いない。

公示前の小池氏への支持率は、バブルの最後のひと上げに近い。勢いに乗じた無関心層が「我も我も」と彼女の名前を挙げ、最後の高値掴みを行ったわけである。そのバブル崩壊前夜に彼女が『排除』発言を行い、結果的にその一言が彼女の本質を表す言葉だったとしてメディアは取り上げている。

しかしそうではない。排除という言葉を使わずに民進党の選別をしていたところで結果は同じだ。排除もせずに民進党の連中が大挙して候補となっていれば、「名前を変えただけの民進党」という最も醜悪なレッテルを貼られて、さらにとてつもない大惨敗を喫していたことだろう。排除した決断そのものは正しかったのである。

ハネムーン100日が終わり大逆風に

奇しくも総選挙の公示日である10月10日は、都議選の投開票日からちょうど100日目であり、ハネムーン期間の終了日だった。そして、この日を境に希望の党に対する世論は、追い風から一転、大逆風に転じたわけである。

「彼女が国政に出ていれば違う結果になっていた」と悔しがる希望の党の議員もいる。これもまた、大局がまるで見えていない。彼女が都知事を投げ出して国政に復帰していたら、彼女は比例の拘束名簿上位という手段でしか当選していなかっただろう。小選挙区で勝てないことは、彼女の選挙区を引き継いだ若狭氏が復活当選すらできなかった結果が示している。

比例の順位いじりで当選した代表が、その後果たして国政で活躍できるか。そもそも代表としての立場を維持できるだろうか。比例単独当選の樽床伸二議員やと比例拘束名簿で復活当選した井上一徳議員のように、“インチキ当選”のレッテルを貼られるのがオチで、ろくな活動もできずに次の総選挙で姿を消す道しか残っていなかったであろう。その意味で、民進党議員を排除して選別し、自らは立たなかったことで、小池氏は首の皮一枚つながったのである。

小池氏は国政に出ていたら再起不能だった

希望の党を起ち上げ、自ら代表に就き、気持ちの悪い結党ビデオを披露するまで彼女は間違い続けた。その行為の全てが失敗に連なる直接的な原因である。しかしその後、自らは国政を諦め都知事を辞めず、民進党議員の一部を排除したことは、さすがの勘の良さであり、更なる大惨敗や政治生命の即死を回避できた慧眼だったといえる。つまり、現在メディアで敗因とされる彼女の言動は彼女の延命につながり、それ以前の暴走こそが大失敗への布石だったといえる。

彼女は巧みに自らの即死を免れたわけで、まだ起死回生できる可能性はぎりぎり残されているが、自らの過ちを正しく解釈せず、「あの一言さえなければ……あの質問をした記者さえいなければ」などとお門違いな恨み言で自らの失墜を総括しているようであれば、早晩希望の党は難破し、都民ファーストも瓦解し、都知事のリコール請求の声が上がるだろう。

東京オリンピックの開会式に果たして誰が都知事の席に着いているのか。そこに小池氏が着座している可能性は、現時点で限りなくゼロに近いのではないだろうか。

上村 吉弘(うえむら よしひろ) フリーライター
1972年生まれ。読売新聞記者、国会議員公設秘書を経験。政治経済に関するブログ記事執筆を通じ、永田町の実態を伝え、政治への関心を高める活動を行っている。

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