膵臓がん長期生存患者にはネオアンチゲンとそれに反応するリンパ球が多い

膵臓がんは最も予後の悪いがんであり、5年生存率は依然として一桁台である。一般的にはステージ1で診断された場合には予後はいいが、膵臓がんに関しては約3分の2が再発する。11月23日号のNatureに長期生存膵臓がん患者の特徴を調べたデータが掲載されていた。

結論から言うと、長期生存がん患者は、変異数が多い=ネオアンチゲン(遺伝子変異によって生み出される、がん細胞の表面に存在する、がん特異的抗原)が多いことに加え、がん組織内にCD8Tリンパ球が多い特徴が見つかったのである。ネオアンチゲンが多いだけ、あるいは、CD8Tリンパ球が多いだけでは不十分で、この両方の要素が存在している必要がある。

これ以外にも、実験データが示されていたが、腸内細菌の話も出てきて、何を言いたいのかよくわからなかった。特に、腫瘍マーカーとして利用されているCA125(MUC16)とMUC16の遺伝子変異によって生ずるネオアンチゲンの話が混在していて、話を複雑にしている。なんとなく流行のストーリーを組み合わせたもので、???と感ずる部分が少なくない。

とはいえ、がん組織内に新規の抗原(ネオアンチゲン)がたくさんあり、しかも、それに反応するであろうリンパ球がたくさん存在しているケースが、長期生存患者に多いのは重要な情報だ。ネオアンチゲンに反応するリンパ球が多いケースでは転移が抑えられ、ネオアンチゲンが多くても、それらに反応するリンパ球がない場合や、リンパ球が存在しても、それらががんを攻撃するものでない場合には、転移を防げないことを意味する。ネオアンチゲン反応性リンパ球が増えるかどうかは現時点では「神のみぞ知る」状態だ。ネオアンチゲンはT細胞受容体によって認識されるのだが、われわれの免疫系は多様性が桁外れに高く、個人個人によって持っているT細胞受容体は、全く異なると言ってもいいくらい、大きく異なっている。したがって、ネオアンチゲンに反応するリンパ球が患者さんの体内に存在するかどうかは、予測できない。

では、予後の悪い膵臓がんの予後を改善するには、どうすればいいのか、この論文のデータを参考に考える。答えは、いたって簡単だ。ステージ1や2の段階で見つけて切除することに加え、診断と同時にワクチン療法を開始するくらいの思い切った手段が必要だと思う。免疫療法は、治療手段がなくなってから提供するという発想ではなく、科学的に考えれば、免疫システムができる限り正常な条件で、抗原に反応できるリンパ球が残っている間にすべきではないのか?もし、患者さんの体に、ネオアンチゲンに反応できるリンパ球がない場合は、健康人のボランテアの血液を提供してもらって、反応できるT細胞受容体を見つけ出し、この情報を元にネオアンチゲンに反応できるリンパ球を人工的に作り出すしかない。

ネオアンチゲンワクチンに懐疑的な研究者は多いが、免疫チェックポイント抗体が有効な患者がいるという現実を理解していないと思う。がん細胞を叩くリンパ球の存在は、免疫チェックポイント抗体が有効に働くためには不可欠だ。これを十分に理解していれば、理論的には、ワクチンでがんを叩くリンパ球を増やすことが有効だと考える事は当然なのだが、不思議だ。もちろん、免疫を抑える仕組みは複雑で、どの程度の患者さんに対して有効かはやってみないとわからない。

頑固な人たちの頭を柔らかくするのは大変だが(規制当局内に頑固な人がいるとお手上げだが)、思考の柔軟な患者さんたちの協力を得て、膵臓がんは早く見つけることができれば、今の倍くらいの生存率に高めるとができるかどうか、チャレンジしてみたい。もちろん、日本で。


編集部より:この記事は、シカゴ大学医学部内科教授・外科教授、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のシカゴ便り」2017年12月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。