ジャーナリストが見たソニー、中間管理職が見たソニー --- 中井 正則

2017年12月06日 06:00

Ian Muttoo/flickr(編集部)

最近ソニーに関して新聞や週刊誌で、「画像センサーの売り上げ好調」「連結業績予想(米国会計基準)を上方修正」「新製品『aibo』発売」といった明るい内容の報道が目立つ。良きにつけ悪しきにつけメディアで取り上げられやすい会社なので、この会社の業績がいいと、本当は多国籍企業なのだけど、なんとなく日本経済が明るくなったような感じがする。

新聞や週刊誌だけでなく書籍に関しても、ソニーについて書いてある本はトヨタ・ホンダ・パナソニックなどと並んで相当数出版されていて、ビジネス書の中でも一大分野となっている。それらをソニー本と名づけることにすると、主に扱っている時期で分類して、第1期ソニー本・第2期ソニー本・第3期ソニー本というふうに分けられると思う。

第1期ソニー本は、1946年の創業から1980年代までの時期についての記述が中心で、概ね「ソニーは素晴らしい」「すごい会社だ」みたいなことが書いてある。「創業時代からの経営者の井深・盛田のどこが優れていたのか?(特に井深よりも盛田を取り上げた本が多い)」とか「新技術や新製品がどのようにして生まれたか?」といった内容の本が多い。

NHKのプロジェクトXみたいにかっこよくて、読んでいてスカッとするのが特徴である。この種の本の中で一番有名な本は、いろいろな会社について書いている本なので狭い意味でのソニー本ではないのだが、超有名ビジネス書『ビジョナリー・カンパニー』(ジム・コリンズ著)だと思う。『ビジョナリー・カンパニー』に出てくる日本の会社はソニーとその比較対象のケンウッドのみ。この2社とイギリスのフィリップ・モリス以外はすべてアメリカの会社を取り上げているので、著者はかなりソニーとフィリップ・モリスが好きなのだろう。

第2期ソニー本は、「なぜソニーは凋落したのか?」という問いに答える内容のものが多く、1980年代後半にCBSレコード及びコロンビア・ピクチャーズを買収した頃から1990年代・2000年代について扱っている。元経営者・前経営者の出井やストリンガーの批判とか、カンパニー制などの組織及び制度改革の弊害などが書いてある。第2期ソニー本で私が注目したのは『さよなら!僕らのソニー』と『ソニー失われた20年』である。

『さよなら!僕らのソニー』(立石泰則著)はジャーナリストが書いた本で、経営者へのインタビューから得た情報・印象と新聞・週刊誌等から得られる公開情報などを中心に構成されている。出井・ストリンガー両経営者の経営戦略・経営施策及びその結果と経営陣の権力争いなどを重視した本である。基本的には出井・ストリンガーの経営の失敗を主に取り上げているが、大賀会長・出井社長時代については、約2兆円あった負債を1兆に減らしたと肯定的に評価していて、出井に関しては一方的に悪者扱いしているわけではない。

一方『ソニー失われた20年』(原田節雄著)は、ソニーの中間管理職だった人が書いた本で、大賀・出井・ストリンガーの3人のCEOを否定的に評価している。『さよなら!僕らのソニー』との大きな違いは、外注や外部コンサルタント批判が出てくるところで、『さよなら!僕らのソニー』にはこの話題は出てこない。経営陣とのインタビューでは、この話題にはならないのだろう。経営者が自ら「あの戦略はコンサルタントが言っていたことをそのまま取り入れたんだよ」なんていうことは言わないと思うので、この点は、ジャーナリストよりも中間管理職のような内部で働いていた人の方が知る機会が多いのかもしれない。また、外注のメリット・デメリットというのも、実際に中で働いたことがある人でないと重要性に気がつきにくい視点なのだろう。

人事等に関しては、『さよなら!僕らのソニー』はリストラと人材流出・他社への技術移転等を重視する経営的な視点をとり、『ソニー失われた20年』は出世する人物のタイプとか経営トップの高い給与等を重視している。ジャーナリストと元中間管理職の立場の違い・見方の違いがよく現れていると思う。

『さよなら!僕らのソニー』にはストリンガー時代の人材流出の原因を指摘している文がある。

エレクトロニクス企業と思って入った会社が、エンタテインメントの会社になる

――程度の差こそあれ、他の会社では出来ないことがソニーでは出来るのではないかと信じて入社したエンジニアにとって、これほどショックなことはない。独自技術にこだわるな、誰にでも作れる標準的な製品がソニーに求められている製品だと説明されたら、それまで培ってきたエンジニアとしてのキャリアは否定されたも同然である。

トップが変われば、カルチャー(社風)も変わるものだ。

長年ソニーを見続けてきたジャーナリストらしい文で、このあたりが立石の最も言いたいところだと思う。一方、『ソニー失われた20年』には、サラリーマン社会のあり方とソニーのトップについて論評した文がある。

囲碁を好む人間が社長になると、社内に囲碁が流行(はや)ります。ゴルフを好む人間が社長になると、社内にゴルフが流行ります。麻雀(まーじゃん)を好む人間が社長になると社内に麻雀が流行ります。キリスト教信者が社長になると、社内にキリスト教信者が増えます。

それがサラリーマン社会です。いずれも、社長に近づくチャンスが多くなるからです。
社長の趣味の公言は、内容によっては社内に流行病をもたらし、人心の荒廃を招きます。
起業のトップの軽薄なブログは、社内の流行病の病原菌でしかありません。

中元・歳暮を期待する官公庁の役人と違って、民間企業のトップに立つ人間は、安易に自分の趣味を公表してはいけません。盛田はスキー、スキューバダイビング、テニスなど、多くの趣味を楽しみました。しかし、ソニーにとって幸運だったのは、井深の最大の趣味が技術開発であり、盛田の最大の趣味がビジネス推進だったことです。

若干詩みたいで、いかにもサラリーマンを長年経験してきた人が書いたという雰囲気。悲哀のにじみ出た文である。この本には、ところどころこういった味のある一種の名言のような表現が出てくる。社長・CEOとか有名技術者などにならなかった元中間管理職が自分の勤めていた会社についてまるまる1冊の本を1人で書いてそれが出版されることは比較的珍しいので、その意味でも、『ソニー失われた20年』はあまり見かけることがない種類の貴重な本だと思う。

音楽の世界でも、バンドのベースギターとかキーボードという中間管理職的な立場の経験者で人気作曲家になる人が時々いる。例えば、ベースギターならポール・マッカートニー、スティング、後藤次利など。キーボードは小室哲哉や大野克夫など。それと似ているような気がする。

第3期ソニー本は、ごく最近の平井社長を中心に改革を進め復活の道を歩む様子が書かれている本で、まだあまり数は多くない。『SONY 平井改革の1500日』が代表的なこのタイプの本だと思う。この本は、経営陣の暗闘などは出てこなくて、平井時代の技術開発や組織改革などを肯定的に扱った健康的な本である。少し物足りないところもあるが、最近の流れが会社のトップの側の視点からわかりやすく見えるように編集されていて、便利な本である。

中井 正則 フリーライター
予備校講師・高校教諭・書店経営者等を経て、現在はフリーライター。

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