デジタル化の20年、スマート化の10年。
それは軽工業・重工業に次ぐ情報産業を興し、第3次産業革命を形作りました。いや、その波は産業の域をはるかに超えて、万人に情報の共有と発信の果実を与え、文化革命と情報民主革命をもたらしました。グーテンベルク活版印刷から560年。人類に書物を流通させた技術に匹敵する、1000年に一度の事象です。
そして次の波、AI/IoTが押し寄せます。
デジタル・スマートの、すなわちITの、地続きの連続波です。しかし、これは本質的に異なるものです。横揺れと縦揺れの差、と言ってもいい。破壊力が違います。
スマートは人と人のコミュニケーションでした。AI/IoTはモノとモノが交信する。モノがAIで知性を持つ。機械が人の能力を上回る。人類が到達したことのない地平に誘うものです。これを第4次産業革命と称すむきもありますが、日本政府が唱えるSociety5.0、つまり狩猟・農耕・工業・情報に次ぐ第5次文明と捉えるほうが揺れの規模を等身大で描けます。
バーチャル空間を開拓したデジタルは、MITメディアラボ創設者ネグロポンテ教授がいうAtom to Bitでした。その空間を実社会に反射させるAI/IoTは、逆運動のBit to Atomです。
デジタルを支配したのは50年前に唱えられた「ムーアの法則」でした。それは、「半導体の集積率は18か月で2倍になる」、つまりいつまでにどうなるかが予め見えている「予見可能」な半世紀だったということ。
しかし、AIが深層の自習を超高速で繰り返し、人の能力を超えるシンギュラリティがほの見えてきました。機械の能力が半導体レイヤから知能レイヤによって規定されるようになり、そこには支配法がありません。「予見不可能」な世界への突入です。それは、変化することが必定の世、ということでもあります。
予見不可能。変化必定。不安定ですよねぇ。不安ですよねぇ。よすがはありますかね。
AIは創造性に難があるとの評判です。NTTデータ経営研究所が2017年7月に発表した調査によれば、オフィスワーカーは「創造的な仕事は引き続き人が担う」と考えているとのことです。ちょいと楽観的。ただ、創造性と言っても、1を10にする創造もあれば、10を100にする創造もあります。白地に黒字を書いたり、赤を青に変えたりする創造もあります。AIにできることだってあるでしょう。
作曲したり映像を制作したりするAIも既に登場しています。AIによる創作物の権利をどう扱うか、政府・知財本部でも2年がかりで専門的な議論を進めており、AIがクリエイティブであることは了解事項になっています。
とはいえ、問題を発見すること、意味のある空想をすること、人々が了解するビジョンを描くこと、そのような、モデル化や学習が難しくて人の心理と寄り添うべき創造はAIには苦手でしょう。
そうした時代に対応する能力って何を学んで習得すればいいんですかね。駒澤大学井上智洋准教授は、哲学、コンピュータ・サイエンス(CS)、経済学の3つを勧めます。問題は何か・どう思考するかを蓄積した哲学、問題の解決を論理的に組み立てるCS、現実事象をモデル化して解法を考える経済学。
ぼくがかじった経済学はさほど役立ちそうにありませんが、前2者は賛同。哲学はAIには不得手っぽい。AIを使いこなすご主人には、その素養が欲しい。そしてCSはAIの原理を知る上でも必須。日本はCSをプログラミング教育と狭義に解釈しがちですけど、大事なのはCS。STEMやSTEAMと言い換えも可。予見不可能な世において、どう社会が変動しても対応できるようにするための、スキル以前の基礎的な血肉として欲しい素養です。
子どもたちはプログラミングで備えます。CSの一部をなすプログラミング教育が小学校で必修化されるのは大歓迎。これからの世代に必要な体力を身につけよう。プログラミング教育の拡充はぼくも15年にわたり取り組んできたものであり、今後も官民の連携策を講じてまいります。
一方、大人、社会人は予見不可能な社会、変化必定の世に、再教育・学び直し=リカレント教育で備えなければなりません。自分を変化させるための学習です。ITのリカレント教育の受け皿=専門職大学として、ぼくは「i大」を作ります。プログラミングとリカレント、いずれも自分の仕事です。
変化し続ける社会ですから、変化への対応力が重要となります。変化に対応した場数が値打ちを持ちそうです。どれだけ多くの仕事を経たか。どれだけの波乱を経たか。どれだけ転換したか。どれだけ移動したか。どれだけ泣き笑いしたか。
役所や大企業で定年を迎えるかたが「つつがない職業人生でした」とあいさつして花束を受け取る。もうそれでは立ち行かない。「つつがある」人生が推奨されます。変化に次ぐ変化で波乱万丈でございました、が花束です。
「変化を楽しむ覚悟」が最も大切。思ってもみない変化、来い、の心構え。
前述のNTTデータ経営研究所調査によれば、AIなどが人間の仕事を代替することに対し、オフィスワーカーの59.4%、約6割が期待するなどポジティブな反応とのことです。案外みんなAIによる予見不可能で変化必定の社会に対する心構えができているのね。
そんな世の中、心待ちにしましょう。
[参考]
「日本人は「人工知能に仕事を奪われること」を楽しみにしている」
https://www.sbbit.jp/article/cont1/34146
「「AIと共存する力」を養う3つの学問とは?」
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/interview/15/230078/091300101/
編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2018年1月11日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。