東京新聞は、望月記者が現職議員と共著を出すのをよく認めたね

2018年01月16日 18:30

望月氏、森氏新刊「追及力」(光文社新書より)

結果的に「宣伝」になってしまうので、あまり騒ぎ立てたくないのが本音だが、東京新聞の望月衣塑子記者が、自由党の森裕子参議院議員と17日に共著を刊行すると聞いて、「なんでもありなのか」という驚きを禁じ得ず、問題提起の必要を感じて一筆書き置く。

望月記者を巡っては昨年11月、私は二重国籍問題を追及した男性取材者の一人として雑誌での発言に抗議を表明したが、結局、彼女や東京新聞・中日新聞から特に反応はなかった。

今回はそういう過去の遺恨や政治的価値観の違いは一旦脇に置く。疑問なのは東京新聞の対応だ。彼女はフリージャーナリストではなく、東京新聞の社員記者であるわけだから、常識的には、社外のメディアに出ることに関して会社の許可はもらっているはずだ。そうなると、特定政党の政治家と共著を出すということが政治的にどのような意味を社会的に持つのか、東京新聞は何も考えなかったのだろうか。

「不偏不党」を巡る新聞業界のホンネとタテマエ

なにも、ジャーナリストが同じ問題意識を共有する政治家と共著を出すこと自体は構わない。特にフリージャーナリストは組織の都合や論理に縛られず、自らの立ち位置を鮮明にして問題提起していく意義はあるだろう。

また、社員記者であろうが、本来なら、日本の新聞社も「不偏不党」などというくだらないタテマエに縛られず、それぞれの論調の実態が「読売、産経は自民党寄り、朝日、毎日、東京は野党寄り」というホンネがあるわけだから「構わないではないか」という寛容な考えも否定するものではない。筆者も選挙時はアメリカの新聞社のように各新聞社は支持政党を明示するべきだという持論はある。

念のため、よくネトウヨが朝日新聞などを“偏向報道”と糾弾するが、実は誤解であることも付言しておく。放送法で政治的中立を厳格に求められているテレビと違って、新聞は論説が許されている。新聞協会の選挙報道に関する見解にあるように、「政党等の主張や政策、候補者の人物、経歴、政見などを報道したり、これを支持したり反対する評論をすることはなんら制限を受けない」。

ただし、これらが示すように新聞社ごとの政治的な言論の自由がある一方で、特定政党の機関紙(オウンドメディア)ではなく、新聞社は「公共財」(アーンドメディア)を自認しているはずであり、一定の線引きはしてきたことは事実だ。

たとえば選挙報道では、少なくとも国会に議席を持つ政党や一定勢力を確保する情勢が確実な政治勢力に関しては、できるだけ公平に報道し、少なくとも選挙期間中は特定の政党・候補者が著しく有利・不利にならないよう「無難」な報道に現場レベルでは努めてきた。テクニカルな一例でいうと、演説の第一声では均等のスペースで掲載するなどの編集上の配慮が当たる。インターネットがない時代、新聞は“民間発行のニュース官報”とでもいうべき社会的機能があったことも大きい。

アンチ朝日の皆さんには信じられないかもしれないが、朝日新聞もタテマエでは綱領の1番目に次のように不偏不党をうたっている。

一、不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す。
一、正義人道に基いて国民の幸福に献身し、一切の不法と暴力を排して腐敗と闘う。
一、真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す。
一、常に寛容の心を忘れず、品位と責任を重んじ、清新にして重厚の風をたっとぶ。

1952年制定

「公共財」を自認してきた新聞業界の姿勢と矛盾はないか?

こういう「公共財」を自認する努力を見せてきたからこそ、新聞社は、再販制度や国有地のリーズナブルな払い下げを始めとする公的優遇策を認められてきたことを思い起こしたい。そして消費税引き上げに伴う軽減税率の適用が有力視されているのも、業界全体として相応の“努力”をしてきた積み重ねが政治・行政に考慮されてきた面があるからだろう。もちろん、日本新聞協会に加盟する東京新聞も同じように考えてきたはずだ。

だからこそ、特定の政党・政治家との距離の取り方については、センシティブになる。どんなに親しくても対外的なタテマエにおいては馴れ馴れしくみせないようにする「一線」がそこにはあった。たしかに、昭和期の政治記者と政治家の癒着の実態は、記者が政治家のゴーストライターを務めたり、野党議員に取材で得た情報を流して国会質問させたりするなど、今では考えられないほどにひどかったが、それでも共著を出すようなことは、社会的には露骨に実態が露見するので控えていたように見える。

望月記者と同じリベラル派からみれば、保守系メディアと与党政治家の密接な関係は厳しく指弾されそうだが、念のため、政権側と近いとされ、知名度のある政治記者たち(時事通信・田崎史郎氏、産経新聞・阿比留瑠比氏、東京新聞・長谷川幸洋氏など)の著作歴をネットで振り返ってみたが、共著においては現職議員と出したものはなかった。

読売新聞の渡辺恒雄氏は、中曽根康弘氏と共著での翻訳書(ジェイムズ・M・キャノン編『政界入門』中曽根康弘共訳=弘文堂)があるらしく、やや微妙なところだが、1962年刊行とかなり古く、洋書の翻訳だから生々しさは薄れる。少なくとも近年は現職議員との共著はない。

社員記者×現職議員の共著はアリか?幅広い議論を

ここで私が調べ漏らした社員記者と現職議員の共著はほかにもあるかもしれないが、あったとしても希少なはずだ。日本の新聞は世界的にも読者の数は多いので、読売新聞読者であっても世界最大部数だけに野党支持層も読んでいるなど、「少数派」への一定の配慮もある。

ホンネとタテマエを巧妙に使い分け、世界に冠たる新聞大国を築いてきた歴史があるわけだが、東京新聞は、今回の望月記者の共著刊行について十二分に考えを尽くしたのだろうか。業界内でのKYぶりを発揮して新時代を築く気概があるならあるで、同業他社はもちろんのこと、読者にも説明しておく必要があるのではないか。そして、社員記者の言論の自由という観点からも、社会的に幅広く議論いただきたい。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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