平成について語る時に僕の語ること

2018年03月06日 06:00

雛人形の前で自撮りしたら大失敗。セルフィー、下手すぎなんだな。

それはそうと、3月4日(日)深夜放送のTBSラジオ「文化系トークラジオLife」のテーマが平成関連とのことで、ちょっと考えてしまった。そう、先日、ゼミのOB・OG会の打ち合わせがあったのだが「平成最後のイベントじゃん」と幹事の間で話題となり。今年の5月以降のイベントはすべて「平成最後の○○」になるんだな。

その平成って、何だったのだろう。久々に、意識高くつぶやいてしまった。平成は大正よりは長いが、昭和はもちろん、明治よりも短かった。とはいえ、変化に富んでおり。いくつかの時期に分けるということもできなくはない。


たとえば、原田曜平氏は最新作の一つであるこの本で、次のような分類を試みている。

第1期 平成元~4年 不自由と享楽
第2期 平成5~7年 デフレと団塊ジュニア
第3期 平成8~12年 ネットとケータイ
第4期 平成13~18年 変化への期待と格差
第5期 平成19~24年 失望と不安
第6期 平成25~29年 SNSと炎上

なるほど。皆さんはどのように分解するだろうか?

雇用・労働視点での平成のターニングポイント、私は次のように考える
1995年 何かの終わり始まりと捉えられるこの年は「新時代の日本的経営」の年である。いま、絶賛炎上中の「働き方改革」も実はこの時の構想とつながっていると私は見ている。

4年前に書いた本で、平成の入社式で大企業の社長が何を語ったかを地道に調べたが、明確な分岐点がこの翌年の96年から。入社式なのにも関わらず「一生会社にしがみつくな」「会社人間は要らない」という訓示が目立つようになった。

1997年は山一證券と北海道拓殖銀行が経営破綻した年だった。まあ、この2つは特に融資のやり方や財務体質に問題があったわけなのだけど。大企業もつぶれる時代を象徴しているといえば、している。まあ「大企業が傾く時代だ」という言葉は強力で実態以上に強く伝わるのだけど。

そして、2002年。この年を語らずして、若年雇用は語れない。論壇でも玄田有史『仕事の中の曖昧な不安』(中央公論新社)がサントリー学芸賞を受賞し、リクルートワークス研究所所長の大久保幸夫は「新卒無業」というコンセプトを提示した。

この前後の年は、若年層の雇用問題が社会的に可視化された年だと言える。いや、2000年にリクルートの新卒求人倍率が初めて1倍を切るなど予兆はあった。若者で働かない人は怠けているか自由人という見方が覆されたのがこの頃。若年層雇用対策が政策化。

「就職氷河期」という言葉は平成の言葉だ。1992年に初めて『就職ジャーナル』に載り、1994年に流行語大賞の部門賞。ただ、それがより本格化したのは00年代前半。経団連のデータを見ても、新卒採用をストップした企業が多いのはこの頃。

平成の就職難として語られることと言えば、リーマン・ショック後の混乱だ。就活を批判する書籍も様々な立場から出たし、デモもあった。ただ、学校基本調査で新卒無業者(と思われる人)を見ると、00年代前半の方が過酷。もっとも、就職難というのは、経済的要因と、構造的要因と、摩擦的要因にわけて考えなくてはならなくて。ネットが発達したのにも関わらず摩擦的要因が顕在化したのが平成。ネット時代の大量応募モデルの弊害だ。

就活、新卒一括採用は何度も批判され、見直し論が起こり、平成の時代の中においても就活時期の見直しは何度も起こったが、新卒一括採用は要件を緩和しながら、むしろ強固に残っている(もっとも、企業の人材調達手段は多様化)。これをどう見るか。

次に「自由な働き方」について話そう。平成は、しまいには国をあげて「自由な」「柔軟な」働き方を模索し、疲弊した時代だった。「フリーター」という言葉は昭和末期の言葉だが、広まったのは平成。派遣、IC、フリーランス、ノマド、副業・・・。

しまいには、政府が「柔軟な働き方」を提唱しだす。ただ、この「自由」というのは平成初期に亡くなった尾崎豊の「15の夜」風に言うと「自由になれた気がした」ものであり、「卒業」風に言うと、「仕組まれた自由」だ。

「一億総活躍」「働き方改革」「生産性革命」「人づくり革命」自民党の「ポエム化」ここに極まれりという感じだが、彼らが考えているのは労働への参加者、動員をいかに増やすかということに尽きる。「自由」「柔軟」もそのための手段でしかない。

平成は気鋭の研究者牧野智和氏の著書から言葉を借りるならば「自己啓発の時代」だった。もっとも起業、IPO、EXITで大成功、みたいな夢から、最近の現実は目の前の仕事と生活を楽しくし、副業で10万円に興味が移っている。

大いなる端境期だったな、平成。平成という時代が何なのか。平成も30年だし、来年終わるのに、僕らはいまだに「昭和」や「戦後」を基準に考えてしまうことだ。未だに大スターが亡くなったら昭和が終わったって言うんだぜ。どんだけしぶといんだ、昭和!

まだまだ語りたいことがあるが、この辺で。


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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部専任講師

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