前回、医師の働き方改革について書きましたが、実は、アメリカでは、2017年3月に、医師の労働時間についての「揺り戻し」というべきものが起こりました。
アメリカでは、医師の労働時間は、日本よりはオン・オフがはっきりしていると言われます。しかし、「レジデント」と呼ばれる、日本において一般に「研修医」とも呼び習わせる勉強中の医師の勤務は昔は日本同様に過酷でしたが、1980年代、レジデントの過労から起こった医療事故をきっかけに、勤務時間の制限がもうけられることとなりました。レジデントの労働時間はACGME(米国卒後医学教育認定評議会)により定められています。
制限を設けた、とはいっても、9時5時、のようなものではありません。現在、レジデントの労働時間は、1週間に80時間まで、という制限がありますが、これはどういう数字かと言いますと、日本の「労働基準法」による労働時間の制限は週40時間ですので、月に100時間残業したとしても、それを上回る数字です。ですので、ある意味では、「技術を身につけるための労働時間」は、それなりに確保されているとも考えられます。
また、規定ではかなり細かなことも定められており、労働時間のインターバルは 時間であり、連続勤務は24時間まで(教育などへの従事を含めると30時間まで許可されている)ですが、初年度のレジデントは、以前までは16時間の連続勤務と定められていたのが、24時間へと「勤務時間の緩和」が行われました。
これは、2016年3月にNew England Journal of Medicineに発表された以下の論文に端を発するといわれています。
Bilimoria et al.
National Cluster-Randomized Trial of Duty-Hour Flexibility in Surgical Training
N Engl J Med 374;8, 2016
252人の外科レジデントについて、一週間あたり80時間の勤務制限と、1日の完全オフはそのままにした状態で、連続勤務時間および、勤務時間インターバルを緩和した群と緩和しない群で、死亡率など患者のアウトカムに有意差が出るのか検証したのです。
この研究では、連続勤務の制限緩和では、死亡率を含む「医療の質」は変化しなかったと結論づけられています。また、アメリカでは日本よりも勤務時間の制限は厳しく、週に1日は完全な休日をとることも義務づけられていますが、交代勤務の導入や時間制限により、「医療の継続性が失われている」ことも問題視されることがあるようです。
勤務時間制限と、技術の習熟はトレードオフ?
個人的には、研修医および、医師に成り立ての最初の5年間ほどは、「診療の継続性」を重視し、それなりに過酷な労働時間をこなして、技術を「血肉」にする必要があるように思います。とはいえ、完全にオフの日を週1日くらい作り心身共にリフレッシュすることは最低限必要かもしれません。24時間365日病院から電話がかかってくる状態では、疲労をリセットすることも不可能です。技術には、ある一定の数をこなさないと習熟しないというラーニングカーブもあり、技術的な習熟と勤務時間制限とは、ある程度はトレードオフの関係といえます。今後は、このトレードオフの関係のバランスを絶妙に保つことが必要になってくるでしょう。
「応召義務」の存在、必要とされるのはバランスだが…..
また、医師の労働に確たる取り決めのないわが国の病院ですと、研修を終了してからの労働時間が、診療科は勿論ですが、病院や地域などの環境にかなり依存します。ですので、15年目になっても休みなし、という状態も珍しくはありません。休むための「仕組み」ができていない病院も多く、また、医師は患者の診療を断ってはならないとする「応召義務」という法律の定めも関わってきます(法律を変える、変えないの話になると、紙面におさまりきれないのでここでは触れません)。
労働時間に関してもですが、今後は、様々な観点から、医療に関する政策にはバランス感覚が問われる時代になると思います。しかしながら、ソフト、ハードともに、現在の医療現場ほど「バランス」が難しい領域もないかもしれません。